16
邸に着いたら、サーぺと侍女全員が頭を下げて待っていた。
そのまま庭が見えるサンルームに向かい、和やかな昼食会が始まった。
「ちゃっきのはなちのつづきなんでしゅが、おじーちゃまとおとーちゃまは、とってもとってもつよいってことでしゅか?」
瞳を輝かせながら2人を見ると、自慢していいんだぞという、ドヤ顔をされながら頷かれた。
「しゅごいです! かっこいいでしゅ!」
「ルチル。どんな敵からも、どんな魔物からも守ってやるからな。お祖父様とずっと一緒にいような」
「あい、ずっといっしょにいましゅ」
「父さん、何を言ってるんですか。老体に鞭を打たなくてもいいんですよ。ルチルは私が守りますから」
「五月蝿いぞ。ルチルは私といると言ってるんだ。ヤキモチ妬くなんてみっともない」
「ルチルは優しい子ですからね。お年寄りを蔑ろにできないんですよ」
「2人共、やめてくださいな。アズラ王子殿下の前で恥ずかしいですよ」
祖父と父が、顔を見合わせて気不味そうに目を泳がせた。
途端に、コロコロと鈴が鳴るような、可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
「笑ってしまってすみません」
ええ!? アズラ様の笑い声!? 可愛すぎない!?
「王宮では1人で食べることが多いからか、このあたたかい空気がたのしくて、つい。おはずかしい」
やだ、もう……おばちゃん、本当に泣いちゃいそうだよ……小さな子供が1人でご飯だなんて……
どんなに豪華なご飯でも味気無いに決まってるよ……
「アズラちゃま、ちゅうしょくごは、おじかんありましゅか?」
「うん、あるよ」
首を傾げながらも、笑顔で答えてくれる。
「では、おうましゃんでさんぽしましょう」
「馬? ルチルは乗れるの? もうしわけないけど、ぼくは乗れないんだ」
「わたちものれましぇんよ。おじーちゃまとおとーちゃまにのせてもらうんでしゅ」
「え?」
「駄目ですよ、ルチル。危ないことをアズラ王子殿下にさせられません」
「あぶなくないでしゅ」
「駄目です。もしもがあるかもしれませんからね」
いつもならお祖母様の言うことをきくけど、今日はきかない。
だってアズラ様は、きっと外に出たことないはずだもの。
王宮は想像できないほど広いんだと思うけど、そういうことじゃない。
見たことない新しい物って、それだけで楽しいんだから。
「もしももないでしゅ。おじーちゃまとおとーちゃまがいましゅ」
「ルチル、我儘言わないの」
少し強目に言われて、つい頬を膨らませてしまった。
「えっと、ルチル、ありがとう。馬はもう少し大きくなったら練習する予定だから、乗れるようになったらいっしょに散歩しよう」
それじゃ、遅いの!
今、楽しいことを知らないって、気づかないうちに心にシミを残しちゃう。
知らず知らずのうちに心が真っ黒になってしまう。
天使が堕天使になっちゃう。
「ルチルは、きょうアズラちゃまと、おうましゃんでおさんぽがちたいでしゅ」
ここはもう秘密兵器を使うしかない。
頑張って瞳に涙を溜めて、眉を下げながら祖父を見た。
「おじーちゃま……どうちてもダメでしゅか? つよいおじーちゃまとおとーちゃまがいるのに……ルチル、みんなとおうましゃんのりたいでしゅ……」
ここで1粒涙を溢してみる。
うん、上手に流れた。
「ルチル……うんうん、お馬さん乗ろうなぁ……お散歩しようなぁ」
あ、お祖父様まで泣いてしまった……
嘘泣きでごめんなさい……
「あなた」
「大丈夫だ。ちょっと散歩するだけだ。問題あるまい」
「アラゴからも何か言ってよ」
「母さん、すみません」
「もう! あなたたちは、本当にルチルに甘いんだから!」
ふふ、勝った。
アズラ様が帰った後が怖いけど、今は勝利に酔いしれよう。
横目でアズラ王子殿下を見たら、呆けていた顔から喜びを隠しきれていない顔に変わったので、心の中でガッツポーズをした。
その後、アズラ王子殿下の日常を聞いてみたら、すでに王子教育が始まっているので、空いている時間に王宮の庭の散歩に、図書館での読書、剣の練習場では今はかけっこをしているそうだ。
5才になったらお茶会と称して、同年代の子供を招待して遊んだりするだろうとのことだった。
ほら、やっぱり王宮の外に一歩も出てないよ。
外を知らないなんて可哀想だよ。
あたし、領地に来て外に出られた時、嬉しかったもん。楽しかったもん。
食後のデザートに、バニラアイスが出てきた。
「これが、あたらしいスイーツ? どんな味なの?」
「たべてみてのおたのちみでしゅ。とけりゅまえにどうぞ」
上から横からと眺めていたアズラ王子殿下が「溶ける?」と、不思議そうにカップに手を添えた。
冷たいカップに顔を伸ばし、ゆっくりとスプーンを口に運んでいる。
人が喜びで震えるところ、初めて見た。
これが普通の子供ならば、手足をバタバタさせたに違いない。
でも、さすが王子様。
瞬きの異様な回数だけで、後はスマートだ。
瞳も顔も輝いているけどね。
「おいしい。とてもおいしいよ」
「おくちにあってよかったでしゅ」
夢中でアイスを食べるアズラ王子殿下を見ながら、ルチルは心を寛がせていた。
天使、もといアズラ王子殿下が登場しました。そしてルチルの性格が段々と表れてきました。次話は王子様と遊びます。
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