82 〜フローの心情 2 〜
「フローってば!」
「え?」
「え? じゃないわよ。飲み物、冷めるわよ」
やってしまった。
昨日の試合を思い出していた。
試合というより、3人から責められたことだけど……
一晩考えても何も分かっていない。
「シトリン、ホールに行かなくていいの?」
「いいわよ」
シトリンの所作を見ていると、好きな人が嫌でも頭を掠める。
昔、シトリンは真似をしていたから、いまだに所作が似ているんだろう。
思い出さないようにしているのに……
「そんなことより、何があったの?」
「何がとは?」
「惚けなくてもいいわよ。昨日、オニキスやジャスと何かあったんじゃないの? まぁ、ジャスと何かあったのなら、絶対フローが悪いと思うけどね」
「どうして私が悪いと思うの?」
「だって、優しさでできているようなジャスよ。ジャスが怒るなんて滅多にないもの」
滅多に?
私は、ジャスが怒ったところを見たことがない。
誰よりも一緒にいるジャスのことさえも見落としている?
はは……もう作り笑いもできない……
「情けない……」
「急にどうしたのよ?」
「私は、何も分かっていなかったようだ」
「え? こわっ。なに? なんなの?」
「実は昨日……」
シトリンに言っていいものかどうか悩んだが、それさえももう分からなかった。
ただ誰かに聞いてもらって、答えが欲しかっただけなのかもしれない。
なんて侘しいのだろう。
「はぁ? フロー正気?」
「うん」
「頭いった。最低。オニキスの言う通りよ。勉強できるのに、どこまで馬鹿なのよ」
「シトリン、言葉遣いが……」
「そもそも、リボンよりもそれが腹立つわ。一体、私を誰にしたいの? 私は私なのよ。フローの理想にはなれないの」
「そんなつもりは……」
「無いって言い切れる? 誰かの口調を真似させたいようにしか感じないから、私は腹が立っているんだけど」
そう思われていたのか……
シトリンはシトリンとして見て……いるはずだ。
でも、なんだろう。
考えていないと思っている時間も考えているということなんだろうか。
どこかで「あの人は、こんな言葉使わないのに……」と思っていた……のか。
ああ、きっとそう思っていたんだ。
今、ストンと落ちてきた。
ずっと比べてしまっていたんだ。
「それに、どうして恋人でもない子のリボンを特別扱いするの?」
「してないよ」
「はぁ? しているじゃない。剣に結ぶって、そういうことでしょ。渡した相手も付けた方も好きだって言ってるようなものよ」
「そんなつもりは……」
「あるわよ。それを見て、私は傷つくわ。フローとは上手くいっていると思っていたのは、私だけだったんだって」
「そんなことないよ。私も仲良くなれたと思っている」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃ……」
私は、なんて愚かなことをしたんだろう。
シトリンに話すべきではなかった。
彼女が、こんなにも泣きそうな顔をするなんて……
そして、私は狂っているのかもしれない。
泣きそうなシトリンが、初めて可愛く見えるなんて……
泣いた顔が見てみたいなんて……
体が熱くなるなんて……
「ごめん。でも、嘘じゃない。本当に私も仲良くなれたと思っている」
「フロー、いいわよ。ピャストア侯爵家でも家格は問題ないわ。私よりあの子の方がいいと言うな一一
「そんなことない! 私はシトリンと結婚しようと思っている! ちゃんと、ちゃんとするよ。ごめん……本当にごめん」
どうして、私は必死に縋りついているのだろうか。
両親から「シトリン公爵令嬢、可愛くなったわよね。シトリン公爵令嬢がいいわぁ」と言われているからだろうか。
それとも、熱くなった体のせいだろうか。
「分かったわ。もっと仲良くなるために頑張りましょう。でも、もし好きな人ができたら教えなさいよ。上手くいくように協力くらいしてあげるから」
今にも泣いてしまいそうなシトリンを抱き寄せて、めちゃくちゃにしたいなんて、思ってはいけない感情だ。
好きでもない女の子に手を出すなんて、紳士道に反する。
でも、でも、触ってみたい。
泣いた顔が見てみたい。
こんな狂っている気持ちを悟られたくなくて、無言で頷いて席を立った。
「ホールに行こう。殿下たちと合流しよう」
「お手洗いに行ってから行くわ。先に向かっていて」
「分かった」
少し歩いて、やっぱり一緒に行くべきだと思い直した。
でも、私は戻るべきではなかったんだ。
戻った先の木陰で、ジャスと手を繋いで泣いているシトリンが見えた。
「シトリン、大丈夫だ。泣くな」
「大丈夫じゃないわよ……誰も私のことなんか……私が悪い子だから……」
「悪い子じゃない。素直で可愛い。俺は好きだ」
「知ってるわよ」
「そうか。知っているならいい」
「ありがとう……ジャス……」
「気にするな」
「それよりも、アズラ様から離れてよかったの?」
「殿下から『僕より弱い護衛なんていらないよ』と言われた。見に来ていた父にも怒られた。精進しなければ」
「アズラ様、辛口すぎる。昨日1位だったものね」
「笑えてよかった」
「うん、ありがとう」
聞こえてきた会話に、耳を塞ぎたくなった。
私は、ジャスの恋を邪魔していたのか……
どうして誰も教えてくれない?
シトリンも知っていて、どうしてジャスと婚約しない?
私は何にこんなにも落ち込んでいるんだろう……
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