79 〜ルチルの行動理由〜
ルドドルー領から帰ってきたルチルは、ミルクに魔力をあげて丸1日眠っていた。
起きてからも、数日学園を休んでいる。
どうも何もやる気が起きないのだ。
「若い時は」「若かったら」「人生やり直せるなら」等のもしも話は、前世の同窓会の時の定番の1つだった。
大人だからできることが多いというが、子供だからできることも多い。
それを分かっているからこそ、俯瞰するのではなく、今この時を全力で楽しむようにしている。
小さい子供の時は小さい子供時代を満喫し、学生になってからは学生のうちにしかできないことをと学生時代を楽しんでいる。
アズラ様への弄りも、その1つだ。
穏やかな日々は、年老いてからいくらでも過ごせる。
学生時代が楽しい思い出で埋まってほしくて弄っている。
嫌なことがあった時は、特にそうだ。
その記憶を消せればと思って、少し過激になってしまうところは反省点だが。
そして、自分が率先して楽しむことで、貴族だからやってはいけないということはないと、楽しんでいいんだと、抑圧しているだろうみんなの気持ちを和げられるように行動している。
それに、大人すぎると、家族も周りも心配するものだ。
「子供らしく遊べばいい」「無理をする必要はないんだよ」と。
ただでさえ規格外なのに、そんな心配までさせたくない。
その年齢にあった楽しむ心を、相手にあった対応を忘れないようにしている。
それでも時々、年配感が漂ってしまうのには、目を瞑ることにしている。
そんな想いで日々を過ごし、上手くやれていると思っている。
そういう意味では、今回のことは当たり前の結果だった。
有益な案も出せず、辺境伯夫人と戦うこともできず、辺境伯令息の自殺を止めることもできなかった。
15才のルチルには、当たり前の結果だ。
でも、大人のルチルだったら、未来を変えることができたんじゃないか。
そう思わずにいられないが、結果は分かっている。
子供らしくしていても、大人だったとしても、あたしはあたしだ。
何もできない。できるはずがない。
そんな経験を前世ではしていないんだから。
いくら精神年齢が大人でも、いくら前世の知識があっても、初めてのことに対応なんてできない。
辺境伯はミイラになって死ぬとか、辺境伯夫人は魔物だとか、辺境伯令息は自殺するとか、頭を掠めることすらなかった。
物を言うのは、経験なのだ。
そう理解できているのに、やっぱり何か救う方法があったんじゃないかと考えてしまう。
領地を滅ぼそうとしていた人たちを救う術なんてないと分かっていても、全員死なせずに済んだ方法があるんじゃないかと。
そんな色んな考えが頭の中をグルグル回っていて、苦々しい気持ちが纏わりついてくる。
ルチルの心の落とし所が見つからないこの数日の間に、色んな事が決まった。
新しくルドドルー領を治めるのは、ルクセンシモン公爵の弟で第2騎士団の副団長をしている人だそうだ。
ルドドルー辺境伯の縁戚でもよかったが、ルドドルー領は国境地。
武力に長けた者が望ましいということで、中継ぎとしてルクセンシモン公爵の弟が治めることになっている。
後々、功績を立てた者に恩賞として与えるそうだ。
ルドドルー辺境伯の縁戚が武功を上げることが望ましいが、難しいだろうとのことだった。
そして各領地は、騎士団の見回り計画と配置図を提出することになり、国としても軍事予算を見直すことになった。
北の国が崩壊寸前まで壊されたのは、数年前の話。
まだ記憶に新しい上に、今回のルドドルー領における襲撃だ。
会議では、重たい空気が流れていたらしい。
それに、貧乏貴族の領地に騎士団はない。
数名の騎士がいるだけだ。
その領地をどうするかが、頭を悩ませている原因だそうだ。
当面の間は、近隣領地から月に数回見回りをすることになったそうだ。
ここまでが、貴族会議で決められたこと。
四大公爵家会議では、ルドドルー領の襲撃の真実が四大公爵に伝えられた。
ポナタジネット国クンツァ王太子殿下が関わっていたことを。
そして、アズラ王太子殿下とルチルが狙われていることを。
もう1つ、神殿が関わっているだろうという予想もそれとなく伝えると、宰相が「彼の国は信仰がどこよりも強い。協力をしていてもおかしくはない。むしろしっくりくる」と言っていたそうだ。
しかし、物的証拠は何もないので、ポナタジネット国に抗議することもできない。
できることは、アズラ王太子殿下とルチルを守ることぐらいだ。
学園では、ルチルにはこのままオニキス伯爵令息が、アズラ王太子殿下にはジャス公爵令息がつくことになった。
魔物を使って国を滅ぼうとしているのなら、攻めてくる魔物を倒す以外に策はないので、各領地の見回りの徹底と、神殿の尻尾を掴んでポナタジネット国との結びつきを暴くしかないという結論になったそうだ。
戦争を起こすわけにはいかないので、後手に回ることは仕方がない。
諦めてくれるのを待つか、証拠を見つけて首謀者を潰すしかないのだ。
全員が鉛を飲み込んだような会議は、そうして終わった。
アズラ王太子殿下の「学園祭やダンスパーティーに出席しよう。きっと気分転換になるよ」という言葉に、ルチルたちは学園に戻った。
寮に帰ってきたルチルに気づいたシトリン公爵令嬢とアンバー公爵令嬢が部屋に顔を出してくれ、自分が守りたい日常に戻ってきたことを実感したルチルは2人にしがみついて泣いた。
2人は何も言わず、側にいてくれた。
この世界でも、最後まで大切な人たちと楽しく過ごしたい。
幸せな毎日を送りたい。
みんな、幸せであってほしい。
あたしの願い事は、死ぬまでずっとだから我が儘な願い事だ。
難しいことも分かっている。
大変なことは、たくさんある。
思いもよらないことも起こる。
悲しいことも、辛いこともある。
でも、だからといって塞ぎ込んでばかりではいけない。
みんなの笑顔が見たいし、大人になって「学生生活も楽しかったね」と笑い合えるようになりたい。
守りたい日常を、あたしのやり方で守るんだ。
楽しいことがあれば、落ち込んだとしても前を向くキッカケになる。
楽しい予定があると、それを目標に頑張れる。
気持ちを共有できる人たちは、かけがえのない存在だ。
ちょっと大袈裟でいいのだ。
ちょっとバカっぽくていいのだ。
その方が分かりやすいんだから。
みんなの年齢に寄り添って、みんなを支えていきたい。
そんな風に楽しさを提供していきたい。
あたしが守れる範囲は、あたしの日常の中にしかない。
日々の積み重ねが未来なのだから。




