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迷いようのない一本道を進むと、小さな広場になっている崖の上に着いた。
チオノドクサが咲き乱れ、その中に辺境伯令息の後ろ姿がある。
「辺境伯令息」
声をかけると、振り返った辺境伯令息は泣いているような顔で笑っていた。
「おや、ルチル公爵令嬢。こんな所にいらっしゃるなんて、どうかされましたか?」
「滞在も後1週間ほどですし、辺境伯令息とお茶をと思いまして、お誘いに来たんです」
「そうでしたか。やっとお話できるんですね。嬉しいです」
辺境伯令息の横に行き、綺麗に磨かれているお墓に視線を向ける。
「前辺境伯夫人のお墓ですか?」
「はい。母はここのチオノドクサが大好きでして、小さい頃はよくここでピクニックをしたものです」
「いつお亡くなりに?」
「3年前……あの女が来た直後です」
「あの女とは、今の辺境伯夫人ですか?」
「そうです」
「よくここに来られているそうですね」
「ええ、父は1度も来ていませんから。せめて私だけでもと思いまして。仲がよかったはずなんですけどね。あの女が来てから、父は変わってしまいました」
「辺境伯令息は夫人と仲がいいと思っていました」
2人共、お墓を見つめたまま話を続けている。
「……知られていましたか」
「はい」
「復讐ですよ」
「復讐?」
「母が、どうして死んだか思い出せないんです。あの時の記憶が朧げで……でも、あの女が来てから何もかも変わったんです。きっと母の死に関わっている。そして、変わってしまった父も許せない。母の幸せを壊したんですから、私が2人の幸せを壊してもいいでしょう」
誰かを不幸にして得た幸せは、砂上の楼閣だと思っている。
思っているけど、砂上の幸せといえど壊れたら、不幸になる人が新たに生まれる。
因果応報なのかもしれないけど、不幸の連鎖は止まらない。
だからといって、泣き寝入りは辛く苦しいことだ。
自分がどの立場に立つかによって、変わってくる選択肢だろう。
「私には正しいのか悪いのか分かりません。後悔しないようにとも言えません。すみません」
「いいえ。私こそ、こんな話をして申し訳ございませんでした。誰かに話してみたかったんです。ルチル公爵令嬢なら、肯定も批判もせず聞いてくださるのではないかと……当たりましたね」
「胸に興味を持たれていたと思いました」
「もちろん、それもありますよ」
軽く笑いながら言われて、ルチルも小さく笑った。
「体が冷えてしまいますね。戻りましょう」
「はい」
「エスコートをさせてください」
「すみません。アズラ様以外はお断りしているんです」
「今日もダメですか。手強いですね」
笑い合いながら、一本道を並んで歩きはじめる。
「初日の夜に、辺境伯が夫人の押しかけだったって言われてましたが、その時に追い返したりしなかったんですね」
「先ほど申した通り私の記憶は曖昧で……そうだったような、違うような……ハッキリとこうだとは言えないのです。それと……これは秘密なんですが、私は父からも夫人からも、あなたを誘惑するように言われているんです」
「言ってもよろしいんですか?」
「ええ、私は結婚も恋愛も興味ありませんし、あの2人に協力するつもりもありませんから」
「アヴェートワ公爵家と縁組させたいんですね」
「違いますよ。あの女が王妃になりたいそうです。なぜか父も賛成している」
「私が邪魔ということですか」
「そういうことです」
「教えてくださり、ありがとうございます」
「後、明後日は城から出ないでください」
「何かあるんですか?」
「ええ、まぁ」
「分かりました」
「ありがとうございます」
お城に着くと、アズラ王太子殿下たちが帰ってきていて、どうして辺境伯令息と一緒だったんだと問い詰められた。
が、ルチルは「お祖父様とお父様にだけは言われたくない!」とキレて、「私はアラゴを止めたのに……」と祖父がしょぼくれていた。
「辺境伯令息の言葉を信じるなら、明後日、魔物が襲ってきそうだね」
「そうだと思います」
「あやつを信じていいものか……」
話し合いが始まってから祖父と父が発言をしたら、ルチルは祖父と父とは反対側を向いて反抗していた。
その度に、この世の終わりのような顔を2人はしている。
「嘘か本当かは、明後日が来れば分かる。明日は各拠点の代表に、それとなく気をつけるよう注意しよう。それと明後日の早朝から、僕が1番魔法陣が多かった村に行くよ」
「駄目ですよ!」
「そうですよ、殿下。殿下に怪我はさせられません」
ハニートラップも怪我の1つだっての!
心の傷の方が重たい時があるんだからね!
「あの村には、騎士団から選りすぐりの者たちを配置しているよね。だから問題ないよ。それに、僕は活躍するために来たんだから、戦況が大変になるだろう所に行かなきゃ」
これは……王太子としてという気持ちが重くのしかかっているんだろうなぁ。
昨日の夜に、そんなこと言ってたからなぁ。
「その代わり、アヴェートワ公爵には中部にある2箇所の指揮を執ってほしい。アヴェートワ前公爵には、ここから1番近い村とこの城を任せたい。今は無いだけで、魔法陣が急に現れるかもしれないからね」
「分かりました。明日それぞれの村を、もう1度見て回ります」
「気になることは、ルドドルー辺境伯に描かれているという魔法陣だ。たぶん一連の事件の犯人を、辺境伯に押し付けるための魔法陣だと思うけど……こちらもまた見たことない魔法陣ということは、何が起きるか分からない」
「私と行動を共にしてもらいましょう。おかしな行動があれば取り押さえます」
「頼むね」
「殿下、辺境伯夫人はどうされますか?」
「捕まえたいけど無理だろうね。魔の者だとしても証拠も罪状もない。怪しいだけでは何もできないからね」
陛下がいる時は発言を抑えているけど、いない時はきちんと王太子としての役割を果たしている。
自分を卑下する必要なんてないのに。
なんて、あたしが何か言ったところで、自信にはならないんだろうな。
「ルチルは、絶対にオニキスから離れないでね」
「いざとなったら、オニキス様を盾にして逃げますね」
「うん、そうして」
オニキス伯爵令息から白い目で見られたが、気にしない。
みんなの足を引っ張らないことが自分にできることだと、ルチルは気合いを入れた。
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