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純情なアズラ様が、俺様でドSの仮面を被って、そんなことを……
本より過激なことをするなんて……
辺境伯夫人はドMだったのね……
「これで……全部だよ……」
「あ、はい」
というか、お父様。
王太子殿下にハニートラップさせるなんて、本当にしめ上げてやる。
「それで、何か収穫はありましたか?」
あああああ! 大号泣させてしまった!
アズラ様が蹲って大泣きするほどのこと言った?
「ルチルは……僕のことが嫌いなんだ……」
なぜそうなった?
「嫌いだったら怒っていませんよ」
「怒っていたのは嘘だよね。今のを聞いて普通にしていられるのは、僕のことなんかどうでもいいからだよね。
いつ、いつ嫌われたの? 最近好きって言われないと思っていたけど、本当に嫌われていたなんて……」
アズラ様から好きって言われた時に、好きって返しているけどな。
あたしから言いはじめるのが少ないってことかな。
ベッドから下りて、アズラ王太子殿下の前でしゃがんだ。
「アズラ様、好きですよ。好きだからこそ、不安だったし怒ったんです。それに、私は今回の作戦を何一つ聞いていません。どれほど嫌だったか分かりますか?」
「そんな……公爵は、ルチルがって……」
顔を上げてくれたアズラ王太子殿下の涙を、手で拭う。
「どうして直接、嫌かどうか聞いてくれなかったんですか?」
「無理だよ……平気そうな顔されたら立ち直れなくなる……」
「好きな人が体を張るんですよ。平気そうな顔をしようとしてもできませんよ。それに、アズラ様が私をどんな風に思っているか分かりませんが、私は領民よりアズラ様が大切ですよ。未来の国母に対して失格なのは分かっていますが、アズラ様がいないとこの世界に意味はありませんから」
冷たいかもしれないけど、大好きな人たちや大切な人たちよりも、大事にしたいものなんてない。
知らない人たちの幸せと大好きな人たちの幸せを、天秤で測るまでもない。
自分が幸せじゃなきゃ、他人の幸せなんて考える余裕はない。
私は、自分勝手で我儘な人間だ。
自分と大好きな人たち、大切な人たちが毎日平和で幸せなら、それでいい。
そのための、今は15歳のルチルなんだから。
「ルチル、本当にご……っ」
「アズラ様!?」
アズラ王太子殿下が走って、お手洗いに消えていった。
急いで追いかけると、しんどそうに吐いていた。
息を浅くして、何度も吐いている背中を慌てて撫でる。
「大丈夫ですか? お医者様、呼びましょう」
「だいじょ……ぶ……はぁはぁ……いつものことだから」
後2回吐いたら、吐き気は治まったようだった。
洗面所にも付き添い、水差しから水を入れたコップを差し出す。
「みっともない姿を見せてごめんね」
「そんなことありませんよ。本当に大丈夫ですか? まだ気持ち悪いとか、どこか痛いとかありませんか?」
「大丈夫だよ。最近、毎日気持ち悪くて吐いているだけだから」
「毎日!? 気持ち悪いとこは、どこですか?」
アズラ王太子殿下が幸せそうに笑ったので、キョトンとしてしまった。
今、笑われるような会話は何もしていない。
「ルチルに心配されると、嫌われてないって分かって嬉しい」
「好きだって言ってるじゃないですか」
「そうだったね、ごめん」
「いいですけど。それよりも、アズラ様の体調です。どこが気持ち悪いんですか?」
体からの信号なんだから。
放っておいて重病になったら大変。
「強いて言うなら、心かな。毎日自分のやっていることも、辺境伯夫人のやっていることを見るのも、耳に纏わりつくような声にも、うんざりしているから。これは、ルチルを裏切った罰なんだよ」
小声で「吐くくらいで済んでるから、罰が軽すぎるね」と、自嘲気味に微笑まれた。
影のある顔が雷に打たれるほどのご尊顔で、頭の中が真っ白になって止まってしまう。
ダメダメ、止まっている場合じゃない。
アズラ様の心を救わないと!
本当にお父様、許すまじ!!
「では、私がアズラ様に罰を与えますわ」
「……怖いな」
「アズラ様の耳元で、アズラ様の好きなところを囁き続けますが、アズラ様は何も話してはいけません。ただただ私の言葉を聞いていてください」
「待って、ルチル。それは罰というより……」
「立派な罰ですよ。私に気持ちを返したくなって、もし言葉を発したり、指一本でも触れましたら」
「触ったら……?」
「結婚を5年伸ばしましょう」
「無理無理無理無理無理!」
めっちゃ無理って言われた。
アズラ様、時々、結婚後の話を楽しそうにしてるもんなぁ。
待ち遠しいって何回聞いたことか。
「何もせず、聞いているだけでいいんですから」
「うっ……頑張るよ……」
さて、辺境伯夫人とのことを忘れられるくらい愛してあげましょう。
「そういえば、どうしてお腹が痛いという嘘をついたのですか?」
「吐いているなんて恥ずかしかったんだ」
カッコいいと言ってほしいお年頃だもんね。
でも、早く言ってくれていたら、吐く日々を少なくできるよう行動できたのに。
吐くこともしんどいんだから、辛いことしてほしくないのよ。
「私は、嘘をつかれるのが物凄く嫌です」
「分かった。ごめんね。これからは、絶対に嘘を言わないよ」
「約束ですからね」
「うん、約束する」
元気のない顔で微笑まれ、早急に笑顔を取り戻さないとと、アズラ王太子殿下の耳元で囁き続けた。
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