15
残暑も日差しが強いなぁと、麦わら帽子を深めに被って、日課の朝食後の散歩を終えた。
春夏秋冬はちゃんとあるけど、前世みたいに暑すぎないし寒すぎもしないから快適に過ごしている。
さすがに、夏は動けば汗かいちゃうけどね。
悪役令嬢なのかもしれない恐怖と、スイーツが少ないことを除けば、転生万歳の世界だ。
部屋で汗を軽く拭いてから、侍女にお願いをしてアイスを持ってきてもらう。
アイスは牛乳、砂糖、卵黄、生クリームで作れる。
バニラビーンズがないから、どうなるかなと思っていたが、ちゃんと懐かしい味がするバニラアイスができた。
ジャムを入れてのマーブルアイスは、砂糖を少なめにして正解だった。
こちらも大満足の仕上がりで、弟の大好物になっている。
アイスもレストランで提供する予定だが、時期も時期だし、来年の夏でいいかとなっている。
今はまだフルーツサンドとゼリーで、予約がパンク状態だからという理由もあるそうだ。
暖炉前で食べるアイスも美味しいと思うから、ルチルは冬でもアイスを作ってもらう予定だ。
アイス、美味しい。
歩いて熱った体に染み渡るわー。
1口1口噛みしめながらアイスを食べていると、祖父と祖母が慌ただしく部屋に入ってきた。
「大変だ」
「またアイスを食べているの? 太っても知りませんよ」
うっ……お祖母様、痛いところを突いてくる……
ああ、取り上げないでー。
祖母によって取り上げられたアイスは、侍女の手によって部屋から持ち出されてしまった。
「アイスを食べている時間は無いのよ。早く湯浴みを」
「ゆあみでしゅか?」
「そうなんだ、ルチル。止められなくてすまん」
肩を落としている祖父の腕を、大丈夫だという風に柔らかく叩いた。
だって、何が何だか分かっていないから寛大な心で接せられる。
まぁ、祖父に何をされても怒ることはないと思うが。
「どうちたのでしゅか?」
「今から王子殿下が来る……」
聞き間違いかと思って、もう1度尋ねてみたら「王子殿下が来る」とハッキリと言われた。
「なにをちに?」
「ルチルにお礼を言いに来るそうだ」
「ゼリーが好評で誕生日パーティーが大成功したそうよ」
えー! だからって来なくていいよー! 会いたくないよー!
それに、誕生日パーティーの成功はゼリーだけのおかげじゃないと思うよー!
「2回断っているんだが、今回は““行っていいか””じゃなくて““今から行く””だったんだ。『体調不良で断ったとしても、お見舞いとして来そうだ』とアラゴが言うんでな。仕方なく……」
まだ肩を落としている祖父の腕を、今度は優しく握った。
2回も断ってくれてたのか。
十分ですよ、お祖父様。ありがとうございます。
そこまでして来たいという王子殿下がおかしいんです。
侍女によって湯浴みをし、綺麗に磨かれ、上品なワンピースを着せられる。
髪の毛はお団子にしてもらった。
昼食を一緒にとるということで、庭が見えるサンルームに昼食を用意してもらうことになっているそうだ。
王子殿下の到着時間になり、転移陣の前で待っていると、タウンハウスと繋がっている転移陣が淡い赤色を放った。
次の瞬間には、父と、長い黒髪を後ろに1つに結んだ萌葱色の瞳の青年と、白い髪に天色の瞳をした子供が立っていた。
て、て、てんしー!!!
隣で祖父母が頭を下げた動作に我に返り、慌ててカーテシーをする。
「王国の星、アズラ第1王子殿下にご挨拶いたします。本日は我がアヴェートワ領にお越しくださり、恐悦至極でございます」
「頭を上げて」
頭を上げた祖父に倣って、祖母とゆっくりと頭を上げる。
「アヴェートワ前公爵、ひさしぶり。元気そうでなによりだよ」
「ありがとうございます。アズラ王子殿下、初めてお会いするかと思いますが、こちらが我が妻のモリオン・アヴェートワです」
「モリオン・アヴェートワと申します。アズラ王子殿下にお会いでき光栄でございます」
アズラ王子殿下が小さく頷いた。
「こちらが孫のルチル・アヴェートワです」
「ルチル・アヴェートワともうちましゅ」
口上が必要なんだろうけど、お祖母様が「お会いでき光栄です」って伝えてるからなぁ。
同じことを言ってもだし、あたしまだ3才だし、名前だけでいいよね。
「あなたがルチル公爵令嬢だね。会えてうれしいよ」
「わたちもうれちくぞんじましゅ」
「ふふ、かわいい」
なんですってー!!
いやいや、あなたの方が可愛いから!
自分の容姿分かってる?
天使だよ! どこからどう見ても天使だよ!
「立ち話もなんですから邸に行きましょう。昼食はきっとお気に召していただけると思います」
「それは、また新しい食べ物を考えたの? たのしみだなぁ」
うわっ!
さっきの微笑みもものすっごく可愛いと思ったけど、今の瞳の輝きと笑顔は半端ないわ……
あたしの語彙力じゃ表せない……ブロマイド売ってください……
祖父と父とどっちと手を繋ごうかなぁと考えていたら、目の前に微笑んでいるアズラ王子殿下がやってきた。
「お手をどうぞ、レディ」
は、は、鼻血出るー! 可愛すぎて悶えそう!
なにこの生き物!
ここで淑女らしからぬ動きをした日には、祖母から強化訓練を組まれること間違いないと第六感が気づき、頑張って耐えた。
祖母の教育は、笑顔なのに怖いという恐怖教育でした。
無言の圧力で「違うわよね?」と問われる恐怖。
絶対に間違うまいと、必死に体に叩き込んでいる。
「ありがとうございましゅ」
差し出された手に手を重ね、アズラ王子殿下の横に移動する。
優雅に、しなやかに、できたはず。
アズラ王子殿下から微笑まれたので、微笑み返してから、祖父母の後ろを歩いた。
後ろからは、父と黒髪の青年がついてくる。
「ルチル公爵令嬢。たんじょうびパーティーのゼリー、本当にありがとうございました。とてもおいしかった」
「おほめのことば、ありがとうございましゅ。よろこんでいただけて、うれしいでしゅ」
くっ!
そろそろ、この最後の「しゅ」をどうにかしたい。
どうして「す」と言えないの。
アズラ王子殿下は同じ年で、こんなにもはっきり話せているのに。
「本当に、どんなプレゼントよりうれしかったんだよ。フルーツサンドもジャムもゼリーも、ワクワクドキドキして幸せになれるんだ」
彼はスイーツ男子の可能性がありますなぁ。
沼に引きずりこめますなぁ。
「アズラおうじでんかは一一
「アズラだけでいいよ」
は?
あぶなっ。今、声に出しそうになった。
そんな声を出したら、お祖母様の強化訓練が始まってしまう。
くわばらくわばら。
会話を聞いていた大人たちも全員、頑張って声を押し殺していた。
「いえ、それはできましぇんわ。おうじでんかのなまえだけなんて、むりでしゅ」
「ぼくがいいって言うんだからいいんだよ。ぼくは、きみと友達になりたいんだ」
「ともだちでしゅか?」
「うん、友達。フルーツサンドを食べたとき、もやもやしてた頭がスッキリしたんだ。体もかるくなったような気がした。あんなに幸せを感じたのは、はじめてだったんだ」
それは、過労じゃないの?
間違いなく疲れ切っているよね!?
脳が糖分を求めてたんだよね!?
頭の回転よさそうって思ってたけど、頭の回転がいいどころじゃなくて、ずっと高速回転してるのでは?
はっきり話せるのも高速回転してるからなのでは?
そうだとしたら、脳が疲れ切ってしまうよ。
3歳児が過労で倒れるかもしれないなんて、恐怖以外の何者でもないよ。
あー、できれば仲良くなりたくない。
でも、過労の3歳児……優しくしてあげたくなる……
でも、仲良いからって婚約者にされたら、悪役令嬢真っしぐらになっちゃう……
それは嫌だ……
「ごめん……ダメだよね。ぼく、王子だもんね。気をつかうから友達になんてなれないよね。こまらせちゃってごめんね」
ううっ……そんな悲しそうな顔されたら、心が痛すぎて血を吐きそう……
それに、君自身もう分かってるんだね。
王子という立場がどういうものかって。
まだ子供なのに。辛いなぁ。
おばちゃん、泣いちゃいそうだよ。
「ううん、だいじょぶでしゅ。アズラちゃま、わたちでよければ、おともだちになりましょう」
「ほんとう!? うれしいよ!」
まるで飛び跳ねてるかのような喜びように、さっきまでの胸のつっかえが取れた。
そうだよ。
まだ控えめだけど、子供はこうやって喜ぶものだよ。
「アズラちゃま、よろちければ、わたちのことはルチルとおよびくだしゃい」
「うん、ありがとう。ルチル」
前と後ろから負のオーラを感じるけど、気にしないでおこう。
別に友達になったからって、婚約者になるかどうかは分からないし、悪役令嬢になるかどうかも分からないんだから。
あたしは、天使の笑顔を守ることを考えるようにしよう。
それに仲良くなったら、もしもの時、助けてくれるかもしれないしね。
「アズラちゃまは、どのスイーツが1ばんしゅきでしゅか?」
「スイーツ?」
「あまいたべものをまとめてスイーツといいましゅ」
「なるほど。ぼくはフルーツサンドかな。もう1度食べたいと思うんだけど、レストランのよやくが取れなくてね」
「レストランの予約は諦めてください、殿下」
後ろから聞こえた黒髪の青年の言葉に、苦笑いを返すアズラ王子殿下に、首を傾げた。
「ぼくが動くとなると、護衛の問題でめだっちゃうからね。よやくができたとしても行けないかもしれないんだ」
なんと! それは何回も作り方を聞かれる訳だ。
「そうなんでしゅね……あれ? でもきょうは?」
「今日はほとんど魔法陣でのいどうで、アヴェートワ公爵が王宮からいっしょだし、領地に行けばアヴェートワ前公爵がいるからね。ぼく専属の侍従けん護衛のチャロだけで大丈夫だったんだ」
アズラ王子殿下が軽く後ろを見るから、つられて軽く後ろを見た。
「チャロ・エラムと申します。歩きながらで申し訳ございません。以後、よろしくお願いいたします」
軽く会釈をされたので、こちらも軽く会釈をしといた。
何名かの方から、バニラアイスの箇所をミルクアイスという誤字報告をいただいております。
こちらに関しては、間違ったままにしているわけではありません。
昔ながらの古典的なバニラアイスは、バニラエッセンスやバニラビーンズ、香料を使用していないものがあります。
それと、ミルクアイスを作りたい場合は作中の材料と異なると思います。
(作者としては、ミルクアイスは最も簡単なもので牛乳と練乳、牛乳とグラニュー糖という2つの材料で作るアイスという認識です。卵を使用する場合は生クリームを使わなかったり、また逆もありますね)
ですので、作中のアイスを「懐かしい味がするバニラアイス」としています。
作中での説明不足なのは申し訳ありません。
しかし、長々と説明を入れる箇所ではないと思い、後書きにして書かせていただきました。