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剣を握るミソカの手に力が入る。
「お姉様、いいですか? ドアが開いたら、僕が飛び出します。続けてすぐに出てください。そして、逃げてください」
「すぐに、アズラ様たちが助けに来てくれるわよ。馬車の中で待っているのはダメなの?」
「ダメです。無理矢理入って来られたら、馬車の中では剣も魔法も使えません。それに、お姉様1人だけを馬車に残して、馬車替え無しに移動されても困ります」
確かに。
あたしの居場所は分かるけど、ミソカがどこに居るのか分からなくなるのは困る。
誘拐の未来があるはずだから、あたしを狙っている可能性は高いけど、ミソカを狙っている可能性も捨てきれない。
誰が狙われたのか分からない状況で、離れるのは困るわ。
ミソカが1人連れ去られたら、助けるのに時間がかかってしまうし。
「私も戦うわ。それに、先に馬車を燃やそうと思うの。そうすれば、もう私たちを運べないでしょ」
「馬車を燃やしてはダメですよ。犯人たちを輸送しなくてはいけませんので」
「……ミソカ、頭いいわね」
「お姉様、きます。戦うよりも身の安全を確保してください!」
言いながらドアが開いた瞬間に、弟は水を操りながら外に飛び出した。
ルチルも直ぐ様、外に出て、馬車の前で立ち止まった。
なぜなら、ルチルと馬車を囲うように火が燃え上がったからだ。
3mはあるだろう火の高さに、何も見えない。
剣と剣がぶつかっているだろう高い音と、弟の声じゃない野太い声だけが響いている。
「ミソカ!!」
弟がどうなっているのか分からなくて、歯痒い。
剣が交わっている音だけが、弟が生きていると教えてくれている。
落ち着け、落ち着くんだ、あたし。
ゆっくりと深く深呼吸し、ミソカから渡された鞘を握りしめる。
探知魔法を使って、人が居る場所を確認した。
前方にしかいない。
なら、反対側から火の外に出よう。
馬車の後ろ側を回って反対側に行き、膝から下に魔力を溜める。
あたしが跳べる高さは、2階に届くか届かないかの高さ。
膝を曲げれば、ちょっと火傷するくらいで済むはず。
火傷は治せるから問題ない。
もう1度深呼吸し、「よし」と気合いを入れてから跳んだ。
ルチルは、上に跳んだことはあっても、前に跳んだことはない。
前に跳ぶということは、放物線を描くということ。
あわわわわ! 火にぶつかる!
咄嗟に腕を交差して顔を守り、腕を火傷しながら着地した。
スカートに燃え移った火を、動転しながら手で消す。
いたっ痛いー! 治すー!
心の中で泣きながら、指輪に魔力を流して火傷を治した。
時間があるのなら火から抜け出せたことを喜ぶところが、今はミソカの状況確認が先だ。
左右を見る限り、森の中の広場のような所なのだろう。
少しだけ拓けている。
ルチルは森の中に入り、腰を低くして音を立てないように、弟や敵が見える場所に移動した。
地面には2人の男が倒れていて、3人の男が弟を囲んでいた。
薄暗くても、敵の男たちの恰幅の良さは分かる。
弟は肩で息をしながら、所々怪我をしていた。
祖父が魔物を倒した一方的な戦いと違い、初めて見る殺し合いの戦闘に体がすくんで震えてくる。
火力を弱めて、男の足元に火を点ける。
大丈夫、きっとできる。大丈夫。
ミソカを援護するんだ。
人に対して、火なんて放ったことない。
怪我をさせてしまう、もしくは殺してしまうかもしれないという恐れが、呼吸を浅くする。
それでも、ミソカを助けるんだと心に活を入れ、リバーとの特訓を思い出しながら男たちに向かって震える手を掲げた。
「そこまで」
いつの間に後ろに人がいたのだろう。
全く気がつかなかった。
首元に冷たい感触がして、ヒュッと喉が鳴った。
「ゆっくり立ち上がれ」
言われた通り、ゆっくり立ち上がる。
「手後ろに回して」
抱きしめていた鞘を落とし、手を後ろに持っていくと、片手で両手を拘束された。
「あれ? おい、どうして火傷してない?」
「何を言っ……」
ナイフを首に押し付けられた。
ピリッとした痛みが走る。
「俺、馬車の屋根から見てたんだよ。勇敢な公爵令嬢に興味津々なわけ。だからさ、どうやって火傷治したのか教えてくれる?」
どうしよう……どうしたらいいの……
怖い……怖くて何も考えられない……
「教えてくれないか。そっかぁ、これじゃ怖くないのか」
首からナイフが離れていったと思ったら、首にかぶりつかれた。
「いっ!」
ナイフで切られたところから、血を吸われる。
「へぇ、血美味いな。俺好みの味だ」
恐怖に心が支配されそうになった時、弟の断末魔が聞こえた。
ミソカ!
首にかぶりつかれた時に閉じてしまっていた目を開けると、弟が地面に横たわっている。
ミソカ! ミソカ!
まだ立っている男は2名。
倒れた弟を容赦なく蹴り始めた。
許さない! ミソカに何してくれてんだ!!
ルチルは、持たれたままの両手の手のひらを広げて火を放った。
火は男のお腹に直撃し、男は後ろに飛び退いたようで圧迫感がなくなった。
足に魔力を溜め、弟目掛けて走りながら、弟を蹴っている男に火を投げつけた。
1人の男の背中には当たったが、もう1人には当たらなかった。
弟の横に到着するも、ルチルに弟を抱き上げて逃げる力はない。
「ぉね……さ、ま……にげ、て……」
ミソカ置いて、逃げるわけないでしょーが!
こいつら許さない!
拳を振り上げた男を睨みながら、男に火を放とうとした。
が、目の前の男が氷漬けになった。
「え?」
「ルチル!」
大好きな声が聞こえて振り返ると、もう1人いた男も氷漬けになっていた。
その向こうから、凄まじい速さでアズラ王太子殿下が駆けてくる。
ルチルがアズラ王太子殿下を認識した時には、アズラ王太子殿下に抱きしめられていた。
「ルチル!」
「アズラ様……」
「よかった……よかった……」
「アズラ様、私よりミソカが!」
アズラ王太子殿下の服を引っ張ると、体を離してくれた。
「ルチル、ミソカは大丈夫だ。安心しなさい」
上から優しい声が降ってきて顔を上げると、涙目の祖父と、弟を抱えている父がいた。
ミソカは意識を失っているようで、目を閉じている。
「お祖父様。お父様」
「2人共、怪我はしているが無事でよかった」
助かったんだという安心感がじわじわ広がってきて、視界を歪ませていく。
「ミソカが頑張ってくれたんです」
「そうか。起きたら褒めてあげなきゃな」
祖父に柔らかく頭を撫でられて、我慢できず声をあげて泣いた。
アズラ王太子殿下が手を握ってくれ、背中を撫でてくれる。
緊張の糸が切れたからなのか、ルチルはそのまま意識を手放した。
アズラが走ってきたのは、敵が馬の足音に気付かないようにと配慮したから。
近くまで馬で来ています。
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