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ドアを開けて中の様子を窺うと、アズラ王太子殿下の背中が見える。
「もう! チャロ! 今日は一体何なの? 湯浴みは止めるし、一緒に入って来ないし。待てなくて髪の毛洗っているからね」
湯船に浸かりながら髪の毛を洗っているショットが見られるなんて、眼福です。
写真を撮らせていただきます。
変態でごめんなさい。
ポンッという音に体をビクつかせたアズラ王太子殿下が、勢いよくこっちを振り返った。
「は? え? ちょ! ルチル!?」
「はい。チャロに代わってもらいました」
「代わっ! じゃなく! え? ななな何その格好!? うわ! 目に入った! 痛い!」
見事な慌てっぷり。かわよ。
「落ち着いてください」
「落ち着けないよ……」
目が痛いようで、酸っぱい梅干しを食べた時みたいに顔に皺が寄っている。
浴槽に近づき、アズラ王太子殿下の両肩を掴んで浴槽の端に背中を合わせさせた。
「お湯を用意しますので、先に目を洗ってくださいね」
「……ありがとう」
顔の下辺りに桶でお湯を持っていき、声をかけた。
アズラ王太子殿下は、顔を洗い終わっても目を開けないようだ。
「次に、髪の毛の泡流しますね」
「本当にルチルがするの?」
「はい。そのために侍女服を着ているんですから」
「でも……それ……」
「アズラ様、頭を浴槽の外に出してくださーい」
「あ、うん」
アズラ王太子殿下が顔を上に向けて、首を浴槽の縁に預けて頭を外に出してくれた。
洗い流し用の浴槽に入っているお湯を桶に入れて、髪の毛にかけていく。
「本当は髪の毛洗いたかったんですよ」
「ルチル。僕は、まだこの状況を受け入れてないよ」
「早く受け入れた方が楽になりますよ」
「それって悪い人の言葉だからね」
おかしいなぁ。主人公のはずなんだけどなぁ。
吊り目だから悪役令嬢感が抜けないのかも。
なんて、心の中で惚けながらも髪の毛を濯いでいく。
「流せました。気持ち悪いところはありませんか?」
「大丈夫。ありがとう」
「アズラ様、体はまだですよね?」
「え? いや、その、体はチャロにも洗ってもらわないから、ね」
ふふ。目を開けないから、あたしの行動を止められないのよ。
手で泡を作り、アズラ王太子殿下の腕を掴んで、泡を塗りたくった。
やっと目を開けて逃げ惑うアズラ王太子殿下と「やめて」「やめません」の押し問答をしたが、アズラ王太子殿下はルチル相手に乱暴はできないので、結局はルチルのやりたい放題だった。
「もう無理……僕ばっかり……」
「アズラ様、そろそろ出ましょう」
「……どうしてバスタオルを手に持っているの?」
「アズラ様を拭くためですよ」
「いい! いい! 本当に拭かなくていい!」
「昨日も今日も全部触っているんですから、そんなに恥ずかしがらなくても」
「恥ずかしいよ! それに、僕が拭いている間にルチルは着替えてきて。濡れちゃってるでしょ」
「これは、さっきアズラ様が暴れたからですよ」
濡れたスカートを持ち上げようとして、「やめて!」と止められた。
アズラ王太子殿下なら止めるだろう。
今のルチルの格好は、スカートが太ももの半分くらいしかなく、敢えてガーターベルトもせず生足を出している。
胸の部分は、チューブトップになっている。
王宮の侍女服を貰い、大胆に切ってリメイクしたのだ。
「アズラ様に可愛いと思ってほしくて着ているのに……」
「可愛いよ。可愛いけどね、僕には刺激が強いんだよ」
「分かりました。着替えてきます」
「うん、うん。風邪をひくと大変だからね」
「ご飯の用意も終わっていると思いますので、温かいうちに食べてほしいですしね」
「ご飯?」
「はい。今日は2人っきりでお部屋での食事です。では、すぐに着替えてきますから、髪の毛乾かすのはさせてくださいね」
ツインテールをわざと揺らすように、元気にターンをして浴室を出た。
「……僕、もう無理だよ」
後ろから意気消沈している声が聞こえてきたが、気にしないことにした。
念のため、リメイクした侍女服は2着用意していた。
新しいリメイク侍女服に着替え、今度はガーターベルトをつけた。
髪の毛は毛先しか濡れていなかったので、手早く乾かし、アズラ王太子殿下の部屋に急いで戻った。
「なっ! 着替えてないよね!?」
「着替えましたよ。ほら、ガーターベルトもつけているでしょ」
大声で止められたが、スカートを上げて見せた。
真っ赤になって、顔を逸らしちゃった。
そんな可愛いことするから弄られてるって、分かってないんだろうなぁ。
「アズラ様、髪の毛乾かしますね」
「……うん」
アズラ王太子殿下が座ったソファの後ろに回り、ドライヤーで髪の毛を乾かす。
「もう受け入れてください」
「……ルチルは、僕をどうしたいの?」
笑ってほしいだけなんだけどな。
「私、この前、魔法陣で媚薬を体験したじゃないですか。その時にアズラ様だけには嫌われたくないって思ったんです」
「え?」
「アズラ様に嫌われたら生きていけないなって思いました。ずっと好きでしたけど、もっと好きになっていたことに気づいたんです。気づいた時は恥ずかしかったですけど、今は恥ずかしいよりも2人で何かしたいなって気持ちの方が強くて。2人で何かして、アズラ様が幸せだって感じてくれたら嬉しいなって。この姿は結構前に決めていましたが、湯浴みの手伝いは最近決めたことなんです。それに、こんな姿はアズラ様の前でしかしませんからね」
「そっか……そうだったんだね。嬉しいよ」
「はい。ですから、私が突拍子もないことをしても、全部受け入れてくださいね」
「それは、うん、頑張るよ」
緊張が解れたような安堵感たっぷりの声で、可笑そうに笑いながら言われた。
やっと笑ってくれた。
恥ずかしがる顔も声も態度も好きだけど、笑ってくれている顔が1番好きだからね。
笑ってくれてよかった。
ご飯を食べている間は手元を見ていたアズラ王太子殿下だったが、「ルチルの写真がほしい」と聞こえるか聞こえないかの声で伝えてきた。
「もちろんいいですよ」とルチルは写真を撮ってもらい、ちょっとした撮影会になった。
はじめは「着替えてきて」って慌ててたけど、内心喜んでいたことが分かって胸を撫で下ろした。
就寝前に「来年の誕生日プレゼントも楽しみにしていてくださいね」と告げると、「お手柔らかにお願いします」と返され、2人で小さく笑い合った。
2人のイチャイチャに安心しますね。
明日以降は秋休みのお話になります。
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