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朝早くに、チャロとカーネに起こされた。
2時間は眠れたようだ。
アズラ王太子殿下に朝の挨拶をしたが、咄嗟に反対側を向かれ、顔さえ合わせてくれなかった。
それでも小さな声で「おはよう」と言ってくれ、髪の毛の隙間から見えた耳が赤かったので「あたし昨日はいい仕事したわ」と満足していた。
湯浴みをし、ドレスに着替え、アズラ王太子殿下のエスコートで控え室に向かっている。
「あの、ルチル……昨日は、その……」
「はい。楽しい夜でしたね」
「たの楽しい夜……」
「もしかして、嫌でしたか?」
「いい嫌とかではなく、その、ルチルにあんなこと……よかったのかなと」
あたしは、アズラ様の真っ赤で悶えた顔を見られたから大満足ですよ。
アズラ様、可愛かったなぁ。
可愛すぎて、過呼吸になるかと思った。
「私は大満足でした。それに、嫌ならしていませんよ」
「そ、そう。だったらいいんだ」
「今日の夜も楽しみにしていてくださいね」
「きょ今日の夜、え、え、っと」
「誕生日プレゼント渡しますね」
「あ、誕生日プレゼントね。うん、楽しみにしているね」
ふふふ……昨日までの乙女心が芽生えていただろうあたしだったら、恥ずかしくて無理だっただろうけど、もう吹っ切れているからね。
一生の思い出になる夜にしてみせる。
パーティーが始まり、恒例の挨拶大会が終わった。
スイーツの机に行くと、これまた恒例のオニキス伯爵令息がアズラ王太子殿下よりも先に新作スイーツを食べていた。
怒るアズラ王太子殿下に対して、オニキス伯爵令息は悪びれもしない。
この2人は、本当に仲がいいようだ。
オニキス伯爵令息の「今日の殿下は元気なようで良かったです」という言葉に、アズラ王太子殿下が「ありがとう」とだけ返していた。
ん? アズラ様、元気なかったっけ?
最近ずっと乙女心に支配されていて、周りが見えていなかったルチルは密かに首を傾げていた。
そこにフロー公爵令息にエスコートされながら、シトリン公爵令嬢がやってきたのには驚いた。
話すようになったんだと思っていたが、まさかエスコートされるほど仲良くなっているとは思ってもいなかった。
話を聞きたいが、藪蛇になりたくないので、シトリン公爵令嬢が話してくれるまで待とうと心に決めた。
そして、それよりも驚いたのが、アンバー公爵令嬢と一緒にジャス公爵令息とガーネ侯爵令嬢が会話に参加してきたことだった。
シトリン公爵令嬢は嫌そうな顔をしかけていたが、会話に参加しないことで笑顔を保つことにしたようだ。
ガーネ様、ジャス様が眉間に皺を寄せているのが見えていないのかなぁ。
きっとお肉を食べに行きたいんだと思いますよ。
ここは会話に参加せず、ジャス様とお肉を食べに行くか、掴んでいるジャス様の腕を離すかだと思いますよ。
アズラ王太子殿下がスイーツを食べ終わるのを見届けてから、ジャス公爵令息に「今日は、どのお肉料理が1番美味しかったですか」と質問をした。
「まだ全部食べていない」と言うので、「では、一緒に食べに行きませんか」とお肉コーナーに移動することができた。
ジャス公爵令息の機嫌が直ってなによりだ。
シトリン公爵令嬢は、お肉が好きなはずなのに「今はお腹が空いていないから」と、フロー公爵令息と違うテーブルに行ってしまった。
ルチルとアズラ王太子殿下は数口お肉を食べたら、子爵家男爵家との挨拶回りをはじめた。
賑やかなパーティーが終わり、急いで湯浴みを終わらせたルチルは勝負衣装に着替えた。
カーネには何度も「誰にも秘密だからね!」と念押ししている。
デュモルに関しては、湯浴みの時点から、この後のお茶の時間やアズラ王太子殿下の部屋にも来ないように指示している。
不満そうにされたが、カーネに味方をしてもらい説得できた。
チャロにも根回し済みで、アズラ王太子殿下の湯浴みを遅らせてもらっている。
アズラ王太子殿下の部屋に続く扉をノックし、顔だけ見せるように覗き込んだ。
「ほら、チャロがよく分かんないことばっか言うから、ルチルが来ちゃったじゃないか」
「申し訳ございません。今から湯浴みをいたしましょう」
「僕はさっきから何度もそう言ってるよね」
少し怒られているチャロに、心の中で謝る。
「ルチル、ごめんね。すぐに出てくるからね」
「ゆっくり体の疲れを落としてきてください」
「ううん、すぐ出てくるから」
浴室に入っていくアズラ王太子殿下を見送ってから、チャロにだけ声が届くように話しかけた。
「チャロ、ごめんね。ありがとう」
「とんでもございません。手筈通りに、お食事は湯浴み中に部屋にご用意致します。部屋には誰も入れさせませんので、のんびりお寛ぎください」
「うん、ありがとう」
チャロが頭を下げて出て行ったドアが完全に閉まったのを確認してから、ルチルはアズラ王太子殿下の部屋に入り、浴室に急いだ。




