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領地に来てからの日課で、朝食後は庭を散歩している。
タウンハウスの庭ももちろん綺麗だったけど、タウンハウスは桜の木が多すぎて、花を咲かせている春と桜紅葉の秋以外は、少し味気ないものだったりする。
ダンスホール並みの温室はあるが、そこは母のお気に入りで、母は大抵温室のどこかで過ごしていた。
母の安らぎの時間を邪魔したくなかったので、数回しか行ったことがない。
領地の庭は色んな花が咲いていて、毎日見ているだけで楽しい。
庭師の人たちとも仲良くなり、部屋に飾る用の花を選んでもらったりしている。
祖母の散歩の時間は、主に夕方だそうだ。
どうりで会わないと思っていた。
今日も朝食後に散歩をしようと思っていたが、祖父から「相談があるから執務室に来てほしい」と言われた。
執務室に着くと、いつも通りサーぺがお茶の用意をしてくれ、サーペは祖父の後ろに控えている。
「相談というのは、今月の王子殿下の誕生日パーティーのことなんだがな」
数週間前、お祖父様は「昨日、アラゴと話した」と言って、お父様と話した内容を教えてくれた。
その内容は、フルーツサンドとジャムはあたしが考えたこと、あたしは体が弱い設定であること、お父様が百合の造花を投げ返したことだった。
お父様、素敵! でも、陛下に投げ返して大丈夫なの? 不敬にならない? と心配になった。
それと、「殿下の誕生日パーティーの日は体調不良で休むことになる」とも聞いて、お祖父様とお父様に感謝した。
相談の大切さが身に沁みたよね。
これからもお祖父様に、すぐに相談しよう。
「陛下から『来賓者の土産にジャムを贈りたい』と言われたから断ったんだが」
え? 断って大丈夫なの?
お父様といい、お祖父様といい、アヴェートワ公爵家強気すぎません?
「ジャムを土産に渡したら殿下の婚約者が内定してるみたいだからな。そうは思わなくても、変に勘繰られるのも好かんしな」
ジャムだけで婚約者内定になるの? 怖いんだけど……
でも、そうか。
今、ジャムは人気が出すぎていて手に入りづらくなっている。
それを大量に用意して、しかも陛下や王妃殿下じゃなく、王子殿下の誕生日のお土産だもんな。
そう思われても仕方がない……のかな?
普通に忠誠心があるじゃダメなの?
貴族で過ごした人生より、前世の庶民で過ごした人生が長すぎて貴族社会が分からなさすぎる……
「どうせ立食パーティーだ。好きに使えばいいだろうと伝えたら、それはもうスミュロンがしたから嫌なんだそうだ」
祖父は「まったく、しょうもない」という風に、頭を横に緩く振っている。
ジャムが販売されてすぐの頃に、スミュロン公爵家次男の誕生日パーティーがあった。
あたしは体調不良で欠席。体弱いんで(そういう設定)。
スミュロン公爵家の誕生日パーティーがあったことは、終わってから知った。
お祖父様とお父様が、「正式なパーティーじゃないから欠席でいいだろう」と判断したそうだ。
「同じ年だし、ぜひ仲良くしてほしい」と言っていたとお父様から聞いたけど、仲良くしたくない。
だって、どこに悪役令嬢要素が残っているのか分からないんだから。
王子様じゃないからって油断はできない。
四大公爵家ってだけで魅力的だからね。
話を戻すと、そのスミュロン公爵家次男のフロー・スミュロンの誕生日パーティーで、ジャムが振る舞われた。
相談されたお父様は、スミュロン公爵家に必要個数納品したそうだ。
まだ食べたことのない人が大半の中、大盤振る舞いで振る舞われたのだ。
それはもう、アリが群がるような勢いだったらしい。
そこから、パン屋さんには開店前から長蛇の列。
お祖父様は「値段もお手頃だから平民に広がればいいだろう」と思っていたのに、貴族に雇われている下男下女が朝早くから並んで買い占めている。
それを聞いたお祖父様は、1人1個までの購入制限を設けて、今は平民も買えるようになった。
まぁ、中にはジャムを買った平民から、高額で買い取る貴族もいるそうだ。
転売っていうんだぞ、それ。駄目なんだぞ。
平民は売りたくなくても、貴族には逆らえないから仕方がないけどさ。
「それで『フルーツサンドの作り方を教えてほしい』って言ってきたんだ」
フルーツサンドもレストランで大人気だ。
レストランの予約が殺到していて、毎日仕入れた材料が15時頃にはなくなるらしい。
夕方以降の予約の人たちはありつけず、クレームを言う人までいるらしい。
予約時に提供できないかもしれないと、確認を取っているのにもかかわらずだ。
ちなみに、クレームを言ってくるお客様は、今後レストランをご利用できません。
悪しからず。
「おちえてもいいとおもいましゅが、フルーツサンドのていきょうは、むずかちいとおもいましゅ。あちゅいとなまクリームが、とけてしまいましゅ」
生クリームは常温で置いててもヘナっちゃうし、少しでも気温や室温が高いとベチャってなっちゃう。
コーヒーの上に乗せるなら、ベチャってなってもいいんだろうけど。
そういえば、コーヒー見たことないな。
「前にそう聞いていたが念の為、料理長からやレストランからも注意点を上げさせた。概ね、ルチルと同じことを言っていたよ。王宮で下手なものは出せないからな。やはりフルーツサンドは無理だな」
お祖父様、とてもいい笑顔ですね。
教えたくなかったんですね。
「そこで、フルーツサンドやジャムに代わる何かあればと思っているんだが……ルチル、何かあったりするか?」
「なにかでしゅか……」
食べたい物はたくさんある!
「なければ、ジャムを使えと突き放すから大丈夫だぞ」
いや、本当にその対応でいいの?
王家、下に見られすぎじゃない?
王子殿下の誕生日は8月30日……暑い盛りなんだよねぇ。
室内なのか? 庭でなのか? も分からないしなぁ。
でも、冷たい物の方がいいよね。
あ、アイス食べたいな!
今日、料理長に作ってもらおう!
「おじーちゃま、パーティーではつめちゃいものは、どうやっておいておくのでしゅか?」
「うーん、基本、冷たい物は飲み物だけだなぁ。飲み物は侍女や侍従が配るから、置いておくということはないんだ」
飲み物だけかぁ……サイダーって作れるんだっけ?
クエン酸(食用)と重曹(食用)で炭酸水っていうのは知ってるけど、サイダーってそこに何を加えるんだろ?
そもそもクエン酸(食用)と重曹(食用)ってあるのかな?
ってか、フルーツサンドもそうやって配ればいいのでは?
でも、作り方を教えたくないみたいだからなぁ。
「ひとちゅ、みためもかわいいたべものがありましゅ」
あたしはあまり好きじゃないけど、ぬるくなっても食べられるし、シャンパングラスに崩して入れたらお洒落だから貴族には好まれそうだよね。
飲み物と同じように配ってもらえれば、冷たくて美味しい間に食べられるだろうしね。
これはアヴェートワ領で作って納品できるから、買い取ってもらいましょう。
「それは、簡単に作れるのか?」
「あい、かんたんでしゅ」
「材料は?」
「フルーツとさとうとゼラチンでしゅ」
此度も少ない材料で出来上がるスイーツに、祖父の瞳は輝いている。
「フルーツはじゃむにもつかってましゅが、ざいこはだいじょぶでしゅか?」
「まだまだ大丈夫だ。農家の奴らも、腐らせてしまう分が減ったと喜んでいるぞ」
「それならよかったでしゅ」
早速今日作ってみようということになり、アイスは明日だなとガックリした。