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シトリン公爵令嬢が前髪を後悔している次の日の登校時に、恋模様が動き出した。
廊下で出会った直後に、お腹を抱えて笑い出したのはオニキス伯爵令息。
アズラ王太子殿下は、口を真一文字にし何とか耐えている。
ジャス公爵令息は、無表情で数回頷いた。
問題は、フロー公爵令息。いつもと変わらず微笑んでいる。
「何よ! 笑いたかったら笑いなさいよ!」
「シトリン様、可愛いですから」
「そう言うルチル様も昨日笑ったじゃない!」
「だって、それ、おもしろ! 切るにしても加減があるじゃん!」
「オニキスの前髪も短くしてやる!」
「こわっ! でも、おもしろ!」
何も言わないフロー公爵令息が気になって、尋ねてみた。
「フロー様は、どう思われますか?」
婚約者内定なら、フォローするものでは?
内定が嫌なら、親に早く言うべきでは?
「似合っていると思いますよ」
「嘘よ! それに、可愛いとも思っていないんでしょ!」
「似合っていますし、可愛いと思います」
笑顔だけど、感情が乗っていない。
こう言えばいいんでしょ。満足でしょ。が丸わかりだった。
「ほんっとフローって腹立つ! こうなったのもフローのせいなのに! フローなんて大っ嫌い!」
シトリン公爵令嬢が、走ってA組に入っていった。
頭を掻きながら息を吐き出したオニキス伯爵令息は、冷めた瞳でフロー公爵令息を見た。
「フローってさ、そんなにシトリン嬢嫌いなの?」
「え?」
「ああ、どうでもいいか。だから、無感情になれるんだろうな」
あたしは、また藪を突いてしまったのか……
典型的な、ありがた迷惑のおばちゃんじゃん……
「オニキス、どういう意味?」
「そのまんまだよ。シトリン嬢、昔と比べて常識人になっただろ。可愛くもなってる。って、ちゃんと見てないから分かんないか」
フロー公爵令息が、気不味そうに視線を逸らした。
「好きじゃないならさ、好きな奴に譲ってあげた方が俺はいいと思うよ。シトリン嬢も愛される方がいいだろ」
静観していたジャス公爵令息が、俯いているフロー公爵令息の肩を掴んだ。
「俺は、あの前髪可愛いと思ったぞ。前髪以外もシトリンは可愛いぞ」
それだけ言うと、ジャス公爵令息はB組に入っていった。
「ねぇ、ルチル。シトリン公爵令嬢が言っていたフローのせいって、どういうこと?」
「それは……フロー様がモテるせいですね」
「え?」
「モテる男性の婚約者になると、嫉妬で大変になるんですよ。アズラ様のように婚約者を大切にしてくださっているのが周りに分かればやっかみも少ないですが、大切にしているのが分からなければ蹴落とせるって思われますからね。
で、実際どうなんですか? フロー様は、シトリン様以外に縁談あるんですか?」
「ないですよ。あっても断ります」
キッパリと答えるのね。
「それは、どうしてですか? オニキス様が仰ったように、シトリン様に対して如何なものかと思いましたが」
「それは……」
フロー公爵令息の事情は分かっているが、シトリン公爵令嬢に対しての心遣いがないのはいただけない。
このまま過ごして婚約者になるのなら、尚更だ。
「フロー様。シトリン様は、フロー様を好きになれたらと努力しています。いずれ結婚するのであれば好きな人としたい。女の子は誰だってそう思います。政略結婚だったとしてもです。そのために、フロー様と仲良くなろうとされているんですよ。
フロー様はその努力すら諦めている。自分は絶対好きな人と結婚できないからって、投げやりになっている」
この言葉に、フロー公爵令息は息を止め、アズラ王太子殿下とオニキス伯爵令息はわずかに目を見開いていた。
「私、フロー様の好きな人知っているんですよ。その人を諦めて、シトリン様を大切にする。大切にできないのなら婚約しないと決めてください。私は可能な限り、周りの方々には幸せになってほしいのです。
まぁ、好きな人が被ると、誰かが寂しい想いをしますけどね」
予鈴が鳴って、ルチルはフロー公爵令息に微笑んだ。
「では、よくよく考えてくださいね」
廊下に立ち尽くすフロー公爵令息を放って、ルチルはA組に入っていった。
そして数時間後、後悔する……
どうして廊下などで話し合ってしまったのかと……




