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夜になり、ルチルの部屋で本を読んでいるシトリン公爵令嬢の横で、ルチルはお茶の準備をしていた。


シトリン公爵令嬢に「オレンジペコーがいいわ」と言われ、オレンジペコーを淹れていると、タイミングよくカイヤナ侯爵令嬢とスペンリア伯爵令嬢がやってきた。

ソファに座るよう促し、全員分のお茶を淹れ、フィナンシェをテーブルの真ん中に用意した。


「カイヤナ様、スペンリア伯爵令嬢、来ていただきありがとうございます。お2人とお茶ができて嬉しいですわ」


「私も来られて嬉しいです」


カイヤナ様が本を読んでいるシトリン様を一瞥したけど、気にしない気にしなーい。

シトリン様が本を読んでいるのは、この部屋の風物詩。

当たり前の光景。

気にしたら負けになる。


「催しがあると大変ですが、春期秋期のように催しがないと勉強ばかりで退屈ですわね」


「そうですよね。冬期の学園祭かダンスパーティー、どちらか秋期でもよかったですわ」


「冬期に2個……目まぐるしそうですね」


話しはじめて数分経ったが、まだスペンリア伯爵令嬢の声を聞いていない。

それ以前に、お茶にもお菓子にも手をつけていない。

ずっと俯いたままだ。


「秋期とは関係ありませんが、来月はアズラ王太子殿下の誕生日ですわね。ルチル様は、そちらで忙しいのではありませんか?」


「私はパーティーに参加するだけですから。ドレスはアズラ様が用意してくださいますし、私からの誕生日プレゼントは用意が終わっていますの。後は、当日を待つばかりですわ」


ふふ。今年の誕生日は一生涯の記念になるかもね。


「お早い用意ですね。何かおうかがいしても?」


「申し訳ございません。プレゼントは毎年秘密にし合っているんです」


「そういえば……聞いたことないわね」


秘密にし合っているんじゃなくて、聞かれないから言わないだけだけどね。

今回は聞かれたけど、アズラ様に渡す前だから秘密なだけ。


「シトリン様は、フロー様に何をプレゼントされる予定ですか?」


「まだ決めてないわ。でも、そろそろ買わなくちゃね」


「あの……ナギュー公爵令嬢とスミュロン公爵令息は、お付き合いされているのですか?」


「婚約者候補よ」


内定しているけど、正式に婚約者ではないので候補と変わらない。

最後まで、どうなるか分からないのだ。


「候補ですか」


ん? 今、明らかにホッとしたよね?

気のせいじゃないよね?


んん? 隣からは、何か怒りを感じない?

気のせいであってほしい……


「カイヤナ様は、婚約者の方や候補の方とかはいらっしゃるのですか?」


「いいえ、私はまだですの。お慕いしている人がいまして、今両親に相談中ですの」


そうですか……探るつもりが地雷を踏んだようです……


でも結局は、シトリン様がどうしたいか、フロー様がどうしたいかだからなぁ

それに、カイヤナ様の好きな人がフロー様と決まったわけではない!

フロー様とは言ってない!


「えっと……スペンリア伯爵令嬢はどうですか? 婚約者とか好きな方とかいらっしゃいますか?」


ですよねぇ……無言ですよねぇ……


「お茶淹れ直しましょうか? 好きな味がありましたら、そちらを淹れますよ。折角ですからフィナンシェも食べてみてください」


うん……返事どころか微動だにしない……

でも、この前も今日も来てくれたってことは、仲良くしたいってことだよね。

それに、噂で聞くような暴れたりする性格でもなさそうだし。


「ちょっと! そこのボサボサ頭! 何無視してるのよ!」


おおっと、機嫌悪いからの八つ当たりが発生してしまった。


「聞こえているんでしょ! 何か返事しなさいよ! それに、そのボサボサ頭見ていたくないわ! その前髪どうにかしなさいよ!」


「シトリン様!!」


遅かった……

ごめんなさい、スペンリア伯爵令嬢……


ルチルが止めようとした時には、シトリン公爵令嬢の風の魔法で、スペンリア伯爵令嬢の前髪は切られていた。

眉上のぱっつん前髪に。


「シトリン様、やっていい事と悪い事があります。分かりますよね」


スペンリア伯爵令嬢は震えている。

怒鳴ってもいいのに、震えて手を握りしめている。


「わた、私は……」


「シトリン様。ご自分が何をされたか、分かっていますよね」


シトリン公爵令嬢は、唇を噛んで俯いた。

頭に登っていた血が引いたのだろう。


ルチルは、シトリン公爵令嬢の背中を柔らかく数回叩いてから、スペンリア伯爵令嬢の横に行き、しゃがんだ。


「怪我はしていませんか? シトリン様を止めきれず、申し訳ございませんでした」


スペンリア伯爵令嬢が握りしめている手に、ルチルは手を添えた。


細いんだよねぇ。細すぎるんだよね。

やっと見えた顔も痩けている。

財政難の伯爵家とは聞いているけど、それでも細すぎる。


「こういうことは言ってはいけないんでしょうが……スペンリア伯爵令嬢、前髪がなくなってよかったですわ」


虚な瞳が、ルチルを見てきた。


「とても綺麗な常盤色の瞳をされているんですね。宝石みたいにキラキラしていて美しいです。隠されていたなんて勿体無い。見れてラッキーですわ」


な、な、な、泣かしてしまった……

あた、あたしじゃなくて、きっと今前髪がなくなった実感が襲ってきて、それでだよ。

泣かしたのは、あたしじゃない。


だとしても、泣き顔を見ているのは辛い。


泣いているスペンリア伯爵令嬢の背中を撫でていると、徐に立ち上がったシトリン公爵令嬢が近づいてきた。


「……悪かったわ……ごめん、なさい」


ちゃんと謝ることができて、偉い!

昔のシトリン様からは考えられないわ。

成長したねぇ。


前髪は戻ってこないけど。


「だから、私もあなたと同じになるわ! それで、文句ないでしょう!」


「え? ちょ一一


ノーーー!


また止められなかった……

どうして自分の前髪もぱっつんに切ってしまうの……


それにしても、短すぎない?


ダメ、ダメよ、ルチル! 笑ってはダメよ!


唇を引き結んで頑張って我慢したが、耐えきれず隙間から漏れてしまう。


「なっ! ルチル様、失礼よ!」


「いえ、かわ、可愛いですよ……ふふ……」


「絶対可愛いって思ってないでしょ!」


「いえ……可愛い……ふふふ……可愛いです」


笑いは伝染するようで、カイヤナ侯爵令嬢も声を殺して笑い出し、挙句泣いていたスペンリア伯爵令嬢も小さな笑い声を溢した。

スペンリア伯爵令嬢の笑い声に、ルチルたちはスペンリア伯爵令嬢を勢いよく見てしまった。

スペンリア伯爵令嬢は、手で口を隠し、頭を横に振っている。


「はぁ、いいわよ。笑いたければ笑いなさいよ。でもね、あなただってぱっつんなのよ!」


「それは、シトリン様がされたからでしょう」


「うっ……そうよ。悪かったと思っているわよ」


罰が悪そうに唇を噛むシトリン公爵令嬢に、澄んだ声がかけられた。


「あ、あの、大丈夫です、気にしないでください」


話したー! やっと声が聞けた!

スペンリア伯爵令嬢の声、耳に心地いい!

話さないなんて勿体無い。

みんな、きっと聞き惚れるのに。


「あなた、話せるんじゃない。話すためや食べるために口はあるし、ちゃんと周りを見るために目はあるのよ。活用しないと損よ」


「ぁ、でも……」


「あなたねぇ! 言いたいことは言いなさい! 言わなきゃ誰にも何も分からないのよ!!」


ごもっともな意見だけど、圧が強い。

慣れてないと怖いから。


「ごごごめんなさい……」


「は? 怒ってないわよ」


うん、圧が強いだけだよね。


「シトリン様、座りましょう。お茶を淹れ直しますね」


オレンジペコーに手をつけてなかったからと、ニルギリを淹れてみた。


「スペンリア伯爵令嬢、泣いて喉も乾いたでしょう。どうぞ飲んでください。それに、お菓子も食べてくださいね。フィナンシェが苦手でしたら、他にもありますので言ってくださいね」


「あ、あの、プリンとゼリー美味しかったです」


「お口に合ったようでよかったですわ。よろしかったら、今度は一緒に食べましょうね」


前髪がなくなったことで、微妙だが変化する顔が分かる。

話してくれるようにもなった。

怪我の功名とは、こういうことを言うのだろう。

怪我したのは、スペンリア伯爵令嬢とシトリン公爵令嬢だが。


少しだけ話をして、お開きになった。

スペンリア伯爵令嬢は頷いていただけだったが、素直ないい子だと感じた。

噂はきっと嘘だろう。


2人が帰って静かになったら、「大丈夫でしたか?」とアンバー公爵令嬢が顔を出してくれた。

大声は聞こえていたそうだが、物音は聞こえなかったので深刻ではないと判断して、待機していたそうだ。

そして、シトリン公爵令嬢の前髪を見て、疑いようもなく肩を震わせていた。






ぱっつん前髪きっと可愛いと思うんだけどなぁ。


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