44 〜アズラの本音 1 〜
「ルチル!」
名前を呼んでも応えてくれない。
体を揺すっても起きてくれない。
一体、何があった?
横に居たのに! 何の異変も感じなかった!
「殿下! 落ち着いてください!」
何度も大声で呼んでいたようで、オニキスに止められて喉が痛いことに気づいた。
ルチルの顔を見ると血色がある。
頬も手も温かい。
あの時とは違う。
大丈夫、きっと大丈夫。
だから、泣くな!
今泣いても何も解決しない!
泣くな! 泣くな! 泣くな!
「……すまない。ルチルを保健室に運ぶからついてきてくれ」
「はい。行きましょう」
先生に断りを入れて、ルチルを抱きかかえる。
「私、診ましょうか? 光の魔法で回復もできますよ」
近づいて来ようとするキャワロール男爵令嬢を睨んだ。
「結構だ。ルチルにも僕にも近づかないでくれ」
「そうですか。では、絶対助けませんから」
急ぎ足で、キャワロール男爵令嬢からも教室からも離れた。
さっき理性が飛びかけた。
膨れっ面したキャワロール男爵令嬢を、殴らなかったことを褒めてほしい。
保健室につき、ベッドに慎重にルチルを寝かせた。
すぐに保険医の先生がルチルを診てくれる。
お願いだ。
どうか、すぐに起きると言ってくれ。
祈るように診察を見守っていると、保健室前で別れたオニキスが保健室に入ってきた。
各方面に連絡をしてきてくれたようだ。
ルチルの手を離した保険医が、静かに頭を振った。
「殿下、申し訳ございません。私には原因が分かりません」
「何か1つでも分からないか?」
「申し訳ございません」
ああ、ダメだ。まだ流れないでくれ。
僕がしっかりしないと。
泣いている場合じゃないんだ。
だから、流れないでくれ。
どんなに心を強く持とうとしても、どんなに歯を食いしばっても、どんなに固く手を握りしめても、涙が次から次へと落ちていく。
忙しない足音がいくつか聞こえ、段々と近づいてくる。
「早ぇ」
オニキスの呟きと同時に、ドアが勢いよく開いた。
「「ルチル!」」
アヴェートワ前公爵と公爵が、眠っているルチルに駆け寄ってくる。
「ルチル、聞こえているか?」
アヴェートワ前公爵が、ルチルの頬を撫で、涙している。
「殿下、何があったのですか?」
「何も……何も無かった……急にルチルが前屈みに倒れて、咄嗟に受け止めたから机に顔は打ってない……本当に何も無かったんだ……」
前回みたいに、血は吐いていない。
息もしっかりしている。
気持ち良く眠っているように見える。
でも、どうして揺すっても起きないんだ。
気持ちよく眠っているだけなら起きてほしい。
怖い……また眠ったままになったら……
「スミュロン公爵に連絡はされていますか?」
「父上から、すぐに連絡がいくようになっている」
涙が止まらず、声が掠れてしまう。
アヴェートワ前公爵がいる反対側のベッドサイドに行き、椅子に座ってルチルの手を握った。
昔していたように、祈るように握ったルチルの手を自身の額に当てる。
30分程経ち、スミュロン公爵がやってきた。
すぐに診察してくれたが、悩むように目を閉じ、息を吐き出している。
「ルチルは、どうなんだ?」
ゆっくりと目を開けたスミュロン公爵が、首を捻りながら口を開いた。
「原因は分からないが、魔力が著しく少ない。それで眠っているだけだ」
「どういうことだ?」
「魔力は眠って回復するからな」
「病気ではないんだな? どこか悪いとかもないんだな?」
「ない。ないが、何をすれば、こんなにも魔力が無くなるのかが分からない」
「ルチルは、いつ起きる?」
「魔力が回復すれば起きるから、2・3日で目が覚めるだろう」
「そうか、よかった」
よかった……よかった……
「殿下、よかったですね」
「ああ、色々ありがとう、オニキス」
泣きすぎて目が痛い。
それなのに止まってはくれない。
目の前の幸せが、また崩れ去るのかと思った。
景色に色が無くなり、どうして生きているのか分からない日々が始まるのかと怖くなった。
ルチルと共に生きていきたい……
単純な願いなのに、ただ願いはそれだけなのに……
アズラターンは明日の投稿まで続きます。
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