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秋期初日の朝、ルチルは1年D組を覗きに来ていた。


教室を覗き込んでも、お目当ての人物はまだ登校していないようで「待つか? 待たないか?」と悩んでいると、カイヤナ侯爵令嬢がやってきた。


「おはようございます、ルチル様。D組に何かご用ですか?」


「おはようございます、カイヤナ様。スペンリア伯爵令嬢にお会いしたかったんですが、まだのようでして……また後で来ますわ」


「よろしければ、伝言を承りましょうか?」


「いいえ。もう体調が戻られているのかの確認と、お茶会の時に渡せなかった石鹸を渡しに来ただけですから」


頭を少し下げて去ろうとしたルチルを、カイヤナ侯爵令嬢が呼び止めた。


「ルチル様、失礼を承知でおうかがいいたしますわ。スペンリア伯爵令嬢は社交界で除け者にされています。どうしてお話したいと思われましたの?」


「私自身、色々噂されていますから。いまだに、アズラ様に側室をと言う声が多いことも知っていますわ。その理由が、この目と2年間眠りについていたからということも」


オッドアイが気持ち悪い。魔物のような瞳。

体が丈夫じゃないのなら子供は産めない。

胸が大きいのは、娼婦の真似事をしているからだ。

等、他にもたくさんあるって聞いた。


これは、お祖母様とお母様にお願いをして教えてもらっている。

2人は言いたくないようだったけど、今から慣れるべきだと説き伏せて教えてくれるようになった。


そんな噂なんて、余裕ではね返してやる。

伊達に就職、結婚、ご近所付き合い、ママ友会議を経験しているわけじゃないからね。


「噂が嘘か本当かは分かりません。私自身が接してみて、どう感じるかで決めたいと思っていますの」


「教えてくださりありがとうございます。私は……スペンリア伯爵令嬢は真面な方ではないかと思っておりますの。ただ何度話しかけても、返事を返してはくださらないのですが……」


返事を返さないのに、真面だって思うの?


「あ、スペンリア伯爵令嬢ですわ」


ルチルが振り返ると、廊下の先から歩いてくるゴシェ・スペンリア伯爵令嬢が見えた。

俯いていて、前髪で顔半分は隠れている。

スペンリア伯爵令嬢自身、前が見えているのかどうか不明だ。


静かに教室に入ろうとするスペンリア伯爵令嬢に、声をかけた。


「スペンリア伯爵令嬢、おはようございますわ」


肩を跳ね上げさせたスペンリア伯爵令嬢が、恐る恐るルチルを見てきた。

手入れがされていないだろうボサボサの青竹色の髪の隙間から覗く、常盤色の瞳がとても綺麗だった。


挨拶を返してくれるのを待ってみたが、ルチルに顔を向けているだけで口は開きそうにない。


「えっと、私、ルチル・アヴェートワと申します。お茶会の日に体調が悪いとおうかがいしたものですから、もう大丈夫かどうか心配になりまして。今朝はお元気ですか?」


こちらも返事は返してもらえないようだ。


「それとですね、お茶会にお誘いした皆様に石鹸をお渡ししておりますの。スペンリア伯爵令嬢にも、ぜひお渡しさせてください」


石鹸を差し出すが、受け取ってくれない。

さっきから石のように固まったままだ。


ルチルは笑みを深めて「失礼します」と、石鹸を無理矢理スペンリア伯爵令嬢の鞄に入れた。

スペンリア伯爵令嬢は、目を白黒させている。


「ああ、そうですわ。もしよろしければ、今夜私の部屋でお茶をしませんか? カイヤナ様もご一緒にいかがですか?」


「私もよろしいのですか。ぜひお伺いいたしますわ」


「楽しみにしていますね。スペンリア伯爵令嬢、今夜またお会いしましょう」


ルチルは頭を下げ、その場を去り、いい仕事したばりに陽気な足取りでA組に入っていった。

クラスメートと挨拶を交わし、アズラ王太子殿下とシトリン公爵令嬢の間に腰を下ろした。


「アズラ様、おはようございます。その箱、どうされたのですか?」


アズラ王太子殿下の机の上に、赤いハートが描かれた白い箱が置かれている。


「ルチル、おはよう。これは、さっきキャワロール男爵令嬢が無理矢理置いていったんだ」


ルチルは、さっきの石鹸を勝手に鞄に入れたという行動を思い出し、私は嫌そうな顔されなかったから大丈夫と自分に言い聞かせた。


「箱の中身は、なんですか?」


「見てない。というか、触っていない」


アズラ様の警戒心すごいな。

見習わないと。


「オニキスが戻ってきたら預けようと思っているんだ」


「オニキス様は、どちらに?」


「女の子に連れられていったから、告白じゃない? 婚約者や候補がいない人って、少ないもの」


「オニキス様は普通にモテていると思いますよ」


「ムカつくことにね。アレがモテるんだから世も末よね」


仲良いんだか、悪いんだか。

シトリン様とオニキス様はいいコンビだから、2人がくっつけばと思うけど……

公爵家と伯爵家では難しいのかなぁ。

そもそも、オニキス様には想い人がいるから無理か。


「シトリン様は、フロー様とは進展ありましたか?」


「別にないわ。何度か一緒に出掛けたけど変わりなしよ。フローは、何を言っても微笑んでいるから不気味なのよね。少しくらい自分の意見を言えばいいのに」


フロー様はアレだからなぁ。

本当に、シトリン様と結婚する気あるのかな?


オニキス伯爵令息が戻ってきて、アズラ王太子殿下の前からやっと白い箱が無くなった。

チャロに連絡をして、放課後取りに来てもらうそうだ。


「ルチル嬢、俺ナッツのチョコがけ気に入りました。今度、いつ買いに行っていいですか?」


「秋休みかしら?」


「ええ!? 遠い! 遠すぎる!」


「でも、日曜に家に帰るのはお昼頃で、夕方には寮ですから……」


「勝手に買いに行きなよ」


「転移陣がないと無理ですよ。殿下、分かってて言ってるでしょ」


アズラ王太子殿下とオニキス伯爵令息の仲睦まじいやり取りを聞き流していると、教室に先生が入ってきてふと目が合った。


怖い……あの人、ストーカーになる人……

あたしを見ないでください……


長いようで短いHRが終わり、先生は教室から出ていった。


秋期は学園の催し物はないので、ずっと授業だ。

あいかわらず簡単な授業ばかりで眠くなる。

「昨日の朝からずっと眠たいんだよね」と、寝てはいけないと分かっているのに、一瞬にして深い眠りに落ちてしまった。






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