12 〜父の想い 2 〜
父タンザとの昨日の会話をここまで思い出した時に、王族の私用のサロンに到着した。
謁見の間じゃなくサロンになったのは、珍しい食べ物を持ってくるのなら献上の時に王妃とアズラ王子殿下も含めて食べたいから、という理由からだった。
「よく来てくれた」
「王国のたいよ一一
「堅苦しい挨拶はよい」
そういう訳にはと思ったが、侍女も近衛騎士もいない空間に、挨拶よりも大きなため息を吐き出しそうになった。
「陛下、3人だけでございますか?」
「そうだ。公爵がいれば警備は問題なかろう」
「私が来るまでの間に、何かあったらどうなさるんですか?」
「サロンの周りにはちゃんとおる」
こういう所が駄目なんだ、と注意したい。
陛下はバカではない。
悪政もしていないから、国民からの支持もある。
ただ平和ボケしているのだ。
王妃や王子の前でお小言は言えないので、仕方なく促された席に挨拶もせず座った。
持っていたバスケットから、フルーツサンドとジャムを机の上に差し出す。
お茶は人数分、すでに用意されている。
「新しい食べ物と聞いているが、味が全く想像できないな」
「ええ。とてもいい匂いがしますね」
「こちらのジャムが、今回アヴェートワ商会から販売する商品になります。パンやチーズやクラッカーにつけて召し上がりください。紅茶の砂糖代わりにもお使いいただけます。
そして、こちらのフルーツサンドはレストランで提供予定です。とても美味なので持参いたしました。ぜひご賞味ください」
3人共、先ずはフルーツサンドに手を伸ばしている。
「毒見係いるだろうが」と思いながらも何も言わず、3人の様子を見守った。
「なんという美味しさだ」
「ええ、初めての味わいですわ。とても美味しいですね」
「……美味しい」
初めて、殿下の微笑み以外の顔を見た。
普段の殿下は子供らしく笑う姿もなく、ただただ微笑んでいて、声もしっかりしている。
本当は何歳ですか? と聞きたくなるほど落ち着いている。
今見た驚いた顔は子供らしい顔だったので、ついアラゴも微笑んでしまった。
無言で美味しそうに食べるアズラ王子殿下の姿に、両陛下は愛おしそうに目を細めていた。
「フルーツサンドもジャムも美味しかった。感謝する」
「ジャムは販売されたら購入しますね」
「ありがとうございます」
「フルーツサンドの作り方を教えてもらえないか?」
「私は存じませんので、父に聞いてみないことには何とも。申し訳ございません」
「これは、アヴェートワ前公爵が考えたのか。さすがだ」
「ああ、この言葉さえなければよかったのに」と、苦虫を噛み潰すのを必死に耐えながら余裕のある笑みを見せた。
「いえ。この2品は、我が最愛の娘ルチルが考え出しました」
「ほう」
「百合の造花を叩き返したことを思い出せ」と、目で訴える。
「まだ小さいのに、素晴らしい才能だな」
「ええ、娘は天才です」
「ふふ。あなたも親バカになったりするんですね」
「目に入れても痛くない娘ですからね。女神の生まれ変わりだと思っています」
両陛下の視線よりも、アズラ王子殿下からの視線が気になった。
アズラ王子殿下の興味津々といった様子に、敢えてアズラ王子殿下の方は見ないようにする。
「来月の息子の誕生日に、会えるのが楽しみだな」
「そうですね。娘も楽しみにしています。ですが、娘は体が弱く、今も領地で療養をしています。当日の体調によっては欠席するかもしれません。その際はご容赦ください」
「あら、それは心配ね。では今回のお礼に、何か体にいいものを贈らせてもらうわ」
「お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
その後は、最近流行っている物(売れ行きがいい物)の話をして退出した。
帰り道「王家の興味がナギュー家のシトリン嬢に向けばいいのに」と思いながら歩いていると、前から宰相であり、ナギュー公爵家当主のジェット・ナギューが向かってきていた。
娘をどうにか王妃にしたいジェットは、同じ年の女の子がいるアヴェートワ公爵家を目の敵にしている。
「また何か言われるんだろうな。王宮に来るものではないな」と心の中でグチりながら、笑顔を貼り付けた。
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