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やっと肩の荷が降りた夏休み3日目。
朝寝坊をして、のんびり起きたら、ソファの背もたれに伝書鳩がとまっていた。
オニキス伯爵令息からで、ジャス公爵令息と一緒にアヴェートワ領に行くという内容だった。
オニキス様の声で鳥が話すんだ。
不思議……魔法って感じだわー。
朝食を食べ、ルチル待ちだった家族と買い物に出かけた。
今日は、家族全員で王都の街を散策し、劇場でオペラを見ることになっている。
明日からは領地の方に移動して、リバーに作ってもらった巨大パズルに弟と挑戦する予定だ。
パズルの絵は、アヴェートワ公爵家本邸にある1本の桜と池とガゼボ。
ルチルが大好きな景色だ。
夏休みも何日か過ぎ、そろそろ本格的に事件の事を考えようと、弟が訓練している午前中に物思いに耽ることにした。
学園1年生の夏に起こる事件は、避暑地として最適とされている王家所有の領地ヴァルアンデュ領で起こる。
ヴァルアンデュ領は、緑豊かで街も市場も活気があり、旅行にピッタリな場所だ。
夏休みを利用して、アズラ王太子殿下がルチルとの仲を深めようと、お忍びで旅行するというお話。
森の真ん中に神秘的な泉があり、そこで2人は初めて結ばれる。
その帰り道に、森の中で魔物に襲われるのだ。
ルチルは、ため息を吐き出した。
今の現状と本の内容とで、一致するところが無い。
アズラ王太子殿下はガディオッホ領、ルチルはアヴェートワ領にいる。
2人で出かける予定もない。
考えることは……
一つ、2人がいたから魔物が現れたのか? 魔物が現れるところに2人がいたのか?
2人がいたから魔物が現れたのなら、2人が森にいない今回は現れない。
魔物が現れるところに2人が偶然いたのなら、今回も森に魔物は現れる。
一つ、魔物が現れる場所がアズラ王太子殿下、またはルチルがいる場所となるのなら、ヴァルアンデュ領ではなく、ガディオッホ領またはアヴェートワ領に現れる。
さて、どうしたものか。
この可能性は、全部伝える方がいいだろう。
しかし、どう伝えるべきか。
何をどう視えたと説明すればいいんだろう。
午前中考えに考えぬいたルチルはその夜、祖父と父に話があると伝え、祖父の執務室で向かい合って座った。
「お祖父様、お父様、6月27日の未来が視えました」
「そうか。どんな未来だ?」
「今回も魔物が現れる未来です。ただとても断片的で、場所が特定できないのです」
ルチルがまだ行ったことがない、ヴァルアンデュ領の景色を知っていたらおかしいからね。
それに、断片的なら、視えた内容に辻褄が合っていなくても大丈夫でしょ。
「森に神秘的な泉があって、その森に魔物が出るのですが……」
「難しいな。泉以外にも何かなかったか?」
「……花がありました。たぶんサンカヨウだと思います」
本でアズラ様がルチルの緊張を解すために、泉の水にサンカヨウをつけて花びらを透明にする、っていうことをしてたからね。
サンカヨウはヴァルアンデュ領とその周りの領地でしか咲かないって、本のアズラ様が言っていた。
「サンカヨウか……絞られるな……」
「ただ……」
「どうした?」
「私とアズラ様の姿も視えたのです。夏休みは会う予定はないのですが……」
「襲われたり、怪我をしたりはどうだ? 視えたか?」
「いいえ、襲われるのかどうかも分かりません。気になるのはリバーが言っていた、アズラ様が狙われているかもしれないということです。森や泉は関係なく、もしかしたらガディオッホ領で襲われるのかもしれません」
「でも、ルチル自身も視えたのだろう?」
「はい……アヴェートワ領でも現れる可能性はあります……」
2人共、眉間に皺を寄せて悩ましい顔をしている。
「2人は一緒にいたのか?」
「視えたのは1人ずつでした」
「他には何か視えたか?」
「空が赤かったので、夕方だと思います」
「分かった。明日、陛下と話をしてくる。教えてくれてありがとう」
この後も2人で相談するそうで、ルチルは1人部屋に戻った。
次の日、王宮での話し合いが終わり、戻ってきた2人から話を聞いたルチルは驚いた。
陛下が、アズラ王太子殿下に「茶葉の収穫が終わったら、ルチルと一緒にヴァルアンデュ領にでも行ってきたらどうか?」と、丁度提案していたそうだ。
そのためすぐに、森と泉とサンカヨウでヴァルアンデュ領だと判明した。
ルチルが視た未来は、ヴァルアンデュ領に行く未来だったと結論付いたのだ。
でも、ここでルチルと同じ悩みが3人を襲った。
2人がいたから、魔物が現れたのか?
魔物が現れるところに、2人がいたのか?
魔物が現れる場所が、アズラ王太子殿下またはルチルがいる場所になるのなら、ヴァルアンデュ領行きを中止にしても、ガディオッホ領またはアヴェートワ領に現れるのではないか? と。
可能性があるなら3ヶ所守るべきだとなったが、3つの場所に戦力を分ける方がよくないとなった。
アズラ王太子殿下とルチルを危険な目に合わせることになるが、ヴァルアンデュ領にみんなで行き、1ヶ所を守るということになったそうだ。
本でも魔物が現れるだけで、アズラ様もルチルも怪我をしていないから、それがベストなのかも。
ルチルが「分かりました。私も応戦できるように特訓します」と意気込むと、「ルチルのことは守るから、隠れる練習をしなさい」と祖父に頭を撫でられた。




