11 〜父の想い 1 〜
アラゴは、王宮内を歩きながら眉間に皺を寄せていた。
理由は、今手に抱えている、これから王家に献上する品物だ。
1週間程前に、父のタンザがタウンハウスにやってきた。
「一緒に酒を飲もう」と言われて嫌な予感しかせず、その時も眉間に皺を寄せたものだ。
「ルチルも連れて来てほしいんですがね」
「仕方ないだろう。領地の方がいいんだそうだ」
やりきれない想いが胸に溜まり、体から追い出すように息を吐き出した。
家庭教師のことに気づけず、父から聞いた時は拳で机を叩いたものだ。
妻のタイチンは、ルチルを想って泣いていた。
その後、領地で見たルチルに驚愕した。
今まで見たことのない顔で笑っていたからだ。
何不自由なく育てていたと思っていたのに、ルチルにとってタウンハウスでの生活は苦痛だったんだと感じて唇を噛んだ。
それでも、離れて暮らすのは寂しいから何度もタウンハウスに戻ろうと誘ったが、ルチルが頷いてくれることはなかった。
「今日は、お前に大事な話がある」
「聞きたくありません」
「ルチルのことだ」
「……何かあったんですか?」
大切な娘のことを、娘の口からではなく父から聞くのは悔しくて仕方がない。
自分の方が愛しているのにと……
「ルチルは光の魔法の使い手だ」
「は? ……いや、変な冗談やめてください」
「冗談ならよかったんだがな」
肩をすくめた父は、机の上に見たことないサンドイッチと、中身が何か分からない瓶を置いた。
「こっちがフルーツサンドで、こっちがジャムだ」
「ルチルの話は、どこにいったんですか?」
「まぁ、食べてみろ」
眉間に皺を寄せて父を睨むも、食べるまでは話さないという態度に、1つ息を吐いてからフルーツサンドを口に含んだ。
「……これは」
食べたことのない味に目を見開き、食べかけのフルーツサンドを籠に戻した。
瓶の蓋を開けて中身をスプーンで食べる。
「どうだ?」
「素晴らしい食べ物です。まだ誰も食べたことがない、新しい食べ物だと思います」
2回頷いた父から、衝撃の言葉が飛び出してきた。
「これを作ったのはルチルだ」
「は?」
「だから、作ったのはルチルだ」
言葉が理解できても、意味が理解できない。
「あの子は3才ですよ?」
「作り方を夢で見たんだそうだ」
頭が真っ白になって、何も考えられない。
光の魔法の使い手になんてしたくない。
憧れられたり、敬われたり、尊まれる存在だと伝えられているが、真実は一生籠の中の鳥だ。
自由なんてなくなる。
それは、王宮で王妃になっても、神殿で聖者になってもだ。
「……やめてくださいよ。なんであの子なんですか」
声が震えて、息がしづらい。
「その上、あの子は天才だ。教えてもいないのに、読み書きも計算も刺繍もできる。魔道具の案もスラスラ出てくる。
もっと他にできることもあるだろう」
もう聞きたくないと思った。
光の魔法の使い手なうえに、天才だなんて。
そのことが広まれば、周りの貴族からやっかみで殺されかねない。
王宮も神殿も、自分側につかなければ殺そうとしてくるはずだ。
常に殺されるかもしれない恐怖が付きまとう人生になる。
「ルチルが光の魔法の使い手ということは、ルチルと私とお前とサーぺしか知らない。ルチルには『料理は本を読んで考えたと言うように』と言っている。天才だけならどうとでもなる」
「……隠せるのは、10才までですよ」
「あの儀式なぁ。どうにかして拒否できないものか」
「私も考えてみますが、難しいと思います。なにせ四大公爵家の全ての家に同じ年の子供がいて、殿下まで同じ年なんですから」
そうだ、このこと自体が不思議なのだ。
今まで全ての四大公爵家に、同じ年の子供が生まれることはなかった。
父も同じことを思ったのか、何かに気づいたような目と目が合った。
「何か起こるのか?」
「どうでしょう……何が起こってもルチルが幸せなら、私は何でもいいです」
「それは私とて同じ気持ちだ」
考えても答えが出ないので、食べかけのフルーツサンドを食べた。
甘いものが欲しくなったのだ。
「これ、売るんですか?」
「ジャムの方だけだがな。生産体制がとれたから持ってきたんだ」
「もっと早く教えてくださいよ」
「すまんな。忙しかったんだ。それと売る前に王家に献上してきてほしい」
言うと思ったと、ため息が出た。
「ルチルの名前は出さずにな」
「父さんが考えたことでいいですか?」
「誰か1人ではなく何人かが集まって、たまたまできたということにしよう」
「そんなの通じませんよ。陛下は能天気ですがバカじゃありません。ルチルが考えたと正直に言いましょう。ルチルの天才を全面的に出すのなら、この2つは分かりやすい物証になります」
「だがな、ルチルに献上の話をした時、嫌がったんだ」
「なぜですか?」
「私も初めて知ったんだが、誕生日プレゼントに百合の造花が贈られたんだそうだ。だから、目立ちたくないと。王妃になりたくないと」
「ああ、それなら、陛下に投げつけて返しました」
「よくやった」
「親の目に触れないように、よく贈ってきたものですよ」
「贈ってきた理由は聞いたか?」
「宰相に『娘に百合の花を贈ってほしい』とせがまれた結果、1人に贈るより何人かに贈った方がいいということと、本物の花を贈りたくないから、ということだそうです。
実際、侯爵家や伯爵家を含めて10ヶ所に贈っています。うちに隠して贈ってきたのは、父さんが怖いからだそうです」
「そうか。ならば今度会った時に、お灸でも据えるか」
「ですので、今回ルチルが作ったと伝えます。ルチルに会いたいと言われるでしょうが、病弱なので領地で療養していると話しておきます。殿下の誕生日パーティーの欠席理由にも丁度いいでしょう」
「ああ、来月だったな」
「ルチルは王妃になりたくないんですね。だからといって、神殿にやるつもりはありませんけどね」




