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5月に入り、A組は文化祭の準備を開始した。
くみ紐のディスクを配り、4本編みから教えていく。
4本編みを5個作れた人から8本編みを教え、8本編みを作り終えたら、お守りの結び方を教えるという順番になっている。
クラスメートたちは「思っていたより簡単だけど手が疲れる」「肩が凝る」と言っていた。
この中で頭角を現したのは、アズラ王太子殿下だった。
「何でも卒無くこなすよねぇ」とルチルは感服しながら、熱心に作っているアズラ王太子殿下の作業風景を眺めていた。
ルチルはお昼休みに、アズラ王太子殿下に「放課後2人きりになりたい」と伝えていた。
アズラ王太子殿下は嬉しそうに微笑み、「もちろんオッケーだよ」と喜んでくれた。
放課後になり、誰も寄り付かなさそうな東棟の空き教室に入った。
平民の子たちにルチルが勧めた空き教室だが、平民の子たちの勉強会は西棟でしている。
西棟の方が大食堂に近く、勉強の途中で休憩がてらお茶を飲みに行きやすいからだ。
「アズラ様。今からすることは誰にも秘密ですよ」
「うん、分かった」
ほんのり頬が赤くなるアズラ王太子殿下に、ルチルは首を傾げる。
「オニキス様にもですよ」
「言わないよ。この前のことも言ってない」
この前のこととは? と、キスしたことをもう忘れてしまっているルチルである。
だって今頭の中は、アズラ王太子殿下の制服姿を、この世に残すことでいっぱいだからだ。
そう、ルチルは今日ここで撮影会がしたいのだ。
リバーは新しい物を作ることが好きなので、同じ物を何個も作ることを嫌がる。
それがどんなに素晴らしい作品でもだ。
そして今のところ、カメラはリバーしか作れない。
故に販売予定は未定なカメラなので、誰かに見られることを避けるため、誰も寄り付かなさそうな東棟の空き教室に来たのだ。
「では、アズラ様、窓際の席に座っていただいてもよろしいでしょうか?」
ルチルの言葉に不思議そうにしながらも、素直に窓際の席に着いてくれた。
「頬杖ついて、窓の外見てください」
「え?」
「お願いします!」
カメラは、レンズが付いている木の箱になる。
レンズと鏡の反響を利用して、魔法陣を施した鏡に映ったものを紙に写すという仕組みになっているらしい。
試作品は左右反転していたり、少しボヤけていたりして「これだと絵の方がいい」とダメ出しを何度もし、リバーが死に物狂いで試行錯誤してくれて完成した。
紙はカメラの後ろ側に上から挿す部分があり、紙が折れないように分厚めの紙になっている。
大きさはA5の4分1くらいの大きさになる。
カメラの裏面右下部分に親指サイズの丸い穴があり、そこに紙に押している魔法陣がくるようになっている。
その穴に親指を当て、親指から魔力を流すと紙に写る。
「今写したよと分かる音が欲しい」というルチルの無茶振りにもリバーは応えてくれ、魔力を流した時に『ポンッ』と音が鳴るようにしてくれた。
カメラのことをアズラ王太子殿下には伝えず、すぐさま構えて『ポンッ』と音を鳴らした。
アズラ王太子殿下が音が鳴った方、ルチルを見るが、ルチルは撮ったばかりの写真に夢中だ。
アズラ王太子殿下から見れば、四角い白い紙を恍惚とした表情で見ている奇妙な婚約者だ。
光沢のある紙は作れなかったけど、それでも最高にイイ!
被写体がいいと光沢の有る無し関係ないんだわ。
「今のは何の音? それに、手に持っている物は何?」
「アズラ様! ありがとうございます!」
「え?」
「次は、こっち向いて微笑んでください!」
「え? いや、だからね」
木の箱を構えるルチルに向かって、何が何だか分からないのに微笑んでくれた。
また『ポンッ』と音が鳴って、木の箱から紙を引き抜いたルチルは幸せそうに紙を見つめている。
「ねぇ、ルチル。一体何をしているの?」
「はっ! アズラ様! ピース! 両手でピースしてみてください!」
「あのね、だからね」
戸惑いながらもダブルピースしてくれるアズラ様……
その戸惑い顔も涎ものの可愛さなんですよ。
またまた『ポンッ』と音が鳴って、ルチルは紙を引き抜く。
「アズラ様、本当にありがとうございます」
「ルチル、そろそろ説明してもらってもいい?」
「はい。これはカメラといって、絵のように今この瞬間を一瞬で紙に描き写せる魔道具です。そして、絵よりも鮮明なんです。描き写した紙は写真と呼びます」
今撮った3枚と昨日リバーに撮ってもらった家族写真を保管している革表紙の本を、アズラ王太子殿下に見せた。
「すごい! なにこれ! すごい!」
アズラ様の語彙力無くなった。
それほどまでに感動するよね。
分かる! カメラ有能だよね!
「僕もルチルの写真欲しい!」
「アズラ様を撮らせていただいたので、お礼にどんなポーズでもしますよ」
だって今のあたしは、吊り目だけど美少女な上にスタイルがいいもの。
ファッション誌のモデル並みに頑張るわ。
使い方をアズラ王太子殿下に教え、カメラを渡す。
アズラ王太子殿下からは、全身と上半身、顔のアップ(ウインク&ピースはルチルが勝手に追加)のリクエストがあり、ノリノリで応えた。
「これ、誰にも秘密なんだよね?」
「今のところ販売予定が未定なんです。広まってしまったら問い合わせが怖いことになりそうですから」
「オニキスだけでも無理かな?」
「どうしてですか?」
「ルチルと2人の写真が欲しいなと思って。誰かに撮ってもらわないといけないでしょ。だから、オニキスならいいかなぁと思ったんだ」
「なるほど。でも、大丈夫ですよ。2人でも撮れちゃうんです」
「どうやって?」
アズラ王太子殿下にカメラを持っている腕を伸ばしてもらって、ルチルはアズラ王太子殿下の顔に顔を近づける。
親指サイズの穴から紙に魔力を流せばいいだけだから、魔力を流す指はどの指でもいい。
レンズが自分たちに向くように持ってもらっているので、小指から魔力を流すのがちょうどいいはずだ。
レンズに映る自分たちを見ながら、アズラ王太子殿下の「いくよ」という合図にルチルはピースをした。
「本当だ。綺麗に2人の写真が撮れた」
「私も2人の写真が欲しいので、もう1枚お願いします。今度はアズラ様もピースしてくださいね」
「うん、分かった」
写真といえばピースという、ピース以外のポーズは分からないという女、ルチルである。
モデル並みに頑張っても、所詮ポーズはピースのみなのだ。
もう1枚2人の写真を撮り、それをルチルは貰った。
ルチルは鞄の中から革表紙の本を取り出し、アズラ王太子殿下に渡した。
「ルチルも持っていたよね。これは、写真を保管する本でいいんだよね」
「はい、そうです。これはアルバムといって、写真を保管しておく本です。中にポケットがあって、そこに写真を入れるんです」
言いながら、ルチル用のアルバムに今日撮った写真を収めていく。
「見やすいし、バラバラにならないからいいね」
アズラ王太子殿下も、早速アルバムに写真を収めている。
「ルチルは、ずっとカメラを持ち歩くよね?」
「はい。アズラ様を撮りたい瞬間多いですから」
「よかった。僕もルチルをたくさん撮りたいから貸してね」
「もちろんです。カーネはカメラの存在を知っていますから、カーネがいる時は2人の写真はカーネに撮ってもらいましょう」
「じゃあ、チャロには言ってもいいかな? チャロにも撮ってもらえるようになるよね」
「はい。チャロなら大丈夫です」
むしろ黙っておく方が難しいだろう。
チャロは、誰よりもアズラ王太子殿下と一緒に居るのだから。
「あ……これって父上や母上には、いつ頃伝えるとかある?」
「献上ってなると、ある程度生産ラインがないと難しいですから……お父様に聞いてみます」
「そうしてみてくれる。あの2人、宮廷画家に1ヶ月に1枚は描かせているんだ。だから、カメラは物凄く欲しがると思う」
それは、宮廷画家の仕事を奪ってしまうのでは?
その件も一緒にお父様に伝えよう。
きっと何とかしてくれるはず。
「僕は、騎士たちにバレないようにアルバムを見るようにするよ」
本を見ながらニヤついてたら、また報告されかねないものね。
コソコソっと見てください。




