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26

夕方になり、寮に戻ったら、早速ヌーの部屋を向かった。

部屋番号は聞いていたので、自分の部屋に戻る前に訪れたのだ。

ヌーの部屋は2階、ルチルの部屋は5階。

階段を登る回数は少ない方がいい。


「ルチル様!? どうされました?」


「ヌーさんにおうかがいしたいことがありましたの。今、お時間よろしいですか?」


「えっと……時間は大丈夫なんですが、私の部屋には椅子が1つしかありません。ルチル様、ベッドにお座りでもよろしいでしょうか?」


「それでは、私の部屋に移動しませんか? 戻ってきたところですので、レアチーズケーキがありますの。お茶をしながらお話ししましょ」


渋るヌーの腕を引っ張って、部屋から出した。

「さぁ、さぁ」と、強引にルチルの部屋に連れていく。

手際良くお茶の用意をして、ソファに向かい合って座った。


「いけますわね。これ」


「美味しいです! ハチミツですか?」


「薄めたハチミツですわ。チーズケーキの新作を考えていて、これは試作品ですのよ」


「ええ!? 食べさせてもらってよかったんですか!?」


「よろしいからお出ししてるんです。感想が聞けてよかったですわ」


新作レアチーズケーキは、タルト生地と寒天で固めたハチミツ、レアチーズの層になっている。

今までのレアチーズケーキの底にあるタルトの上に、寒天で固めたハチミツがあるということだ。

断面の色が可愛い。


「チーズケーキが美味しくて忘れそうでしたわ。私、小耳に挟んだのですけど、文化祭の出し物E組はバザーだそうですわね」


「あ……はい……」


ヌーの顔が曇り、居心地悪そうにフォークを置いた。


「文化祭まで長期休暇もありませんし、ヌーさん家に帰れないでしょう。ですので、勝手ながら我が家で使っていない物を持ってきましたの。受け取ってくださいな」


「そんな! 受け取れません!」


「ですが、取りに帰れませんのに、いかがなさいますの?」


ヌーの家にバザー品がないわけではなく、あくまで取りに帰れないんだから仕方ないよねという体だ。


「それは……でも、ルチル様には今までもよくしていただいているのに、これ以上は……」


「心苦しいですか?」


「はい……私、何も返せていません……」


「では、1つお願いがあるんですが、聞いていただけないでしょうか? もうとてもとても大変で、音をあげそうになることなのですが……」


「私にできることでしたら、お手伝いさせてください」


「他言無用でお願いしたいことですの」


「絶対、誰にも言いません」


ありがとう! そう言ってくれてありがとう!


「これで取引成立ですわね」


「え? 取引?」


「はい。バザー品を渡す代わりに、労働力を差し出していただくということです。ありがとうございますわ」


「え? いや、バザー品はいただかなくても……」


「こちらがバザー品ですわ。少なかったら、まだありますので言ってくださいね」


押し切る! 押し切ってしまえ!


鞄からクッションと手鏡、花瓶に子供用カチューシャに食器類を出した。


「ルチル様! こんなにいただけません!」


「そう? まだ持ってきていますのよ」


ルチルが新たに鞄から出そうとしたら、ヌーが両手を突き出して大声を出した。


「まままってください!」


「これだけでよろしいですの?」


「い、いえ。これだけとかじゃなくて」


「忘れずにお持ち帰りくださいね」


「……はい、ありがとうございます」


押し切った! あたし、やったよ!


肩を落としていたヌーだったが、気を取り直したように姿勢を正して、真っ直ぐにルチルを見てきた。


「それで、私がする労働とは何でしょうか? 誠心誠意込めてさせていただきます」


「ありがとうございます。この紙の端に、このインクで、これを押していってほしいのです」


ルチルは言いながら、鞄から小さい長方形の紙の束と青色のインクのスタンプ台と直径1cm高さ3cmのハンコを出した。


「えっと……それだけですか?」


「それだけって、押す場所はあまりズレてはいけませんし、押す紙はまだ増えますわ」


「でも、押すだけですよね?」


「手が疲れるじゃありませんか」


「そうですが……それだけでよろしいのでしょうか?」


ルチルはお茶を1口飲んで、食べかけのレアチーズケーキをまた食べはじめた。


「労働よりも、口外しないということの方が大変かもしれませんわ。これは、とても画期的な物になりますの。アヴェートワ家で雇っている魔導士の方々が、やっと編み出した魔法陣とインクですのよ。このインクは初めは青なんですが、この特殊な紙に押しますと、乾いたら消えますの。複製防止対策ですわ。この魔法陣を知るのは、アヴェートワ家と魔導士とヌーさんだけになりますわ」


「絶対に、魔法陣は誰にも言いません。覚えないようにもします」


「こちらも、ヌーさんにお願いしていることは隠しますわ。お互いの身のために」


「そんなにスゴい魔法陣なんですね」


「ええ、詳細は隠しますが、皆さん喉から手が出るほど欲しがるものなんです」


ヌーはもう1度、「絶対に誰にも言いません」と固く誓ってくれた。


ルチルは大袈裟に話しているだけで、販売が始まれば紙とインクとスタンプは、本体とのセット販売なのでバレても問題ないのだ。


それに、この魔法陣だけでは正確に作動しない。

大袈裟に伝えたのは、スタンプを押すだけという肩透かし感を拭い払うためだ。


でも、ルチルは何百枚も自分で押したくなかった。

待ちに待った物だが、スタンプを押す作業は苦行だと思っていたから、ヌーが了承してくれて感謝感激雨霰なのだ。


スタンプを本体とセットで販売するのも、紙に押す作業が大変なんだから買った人たちが押せばいいんだという理由からだった。


そして、この白い紙は何かというと、写したい物を写す紙……写真紙なのだ!

やっと! カメラが手に入ったのだ!


数枚、家で試し撮り済み。

家族全員が驚いて、歓喜に満ちた。

作りあげたリバーは鼻高々に腰に手を当て、胸を張り、ドヤ顔を決めていた。


だが、今はまだ1台のみ。

ルチルが持ち歩きたいと懇願したので、今回できた1台はルチルの手元に。

祖父と父も家族を写すのに「すぐに欲しい」と言ったので、リバーは寝る間を惜しんで作ることになった。


ここで、みんなが思っているだろう「なぜ魔導士が、魔法や魔法陣以外で活躍しているのか」という疑問に答えると、この世界は魔導士=錬金術師なのだ。


とはいえ、等価交換で物質を作る錬金術ではなく、物質や作成した物に魔法陣や魔法を付与する錬金術の方なので、この世界で錬金術師を魔導士と呼んでいると思ってもらえればいいと思う。


リバーのように土の魔法の使い手で、自身で部品等まで作る者もいれば、部品を購入する者もいる。


ヌーに部屋から鞄を持ってきてもらい、バザー品も全て鞄に片付けてもらった。

そして、「ルチル様、本当に本当にありがとうございます」と涙声でお礼を言って、ヌーは帰って行った。


胸を締めつけられたルチルは、「面倒だと思ってるけど派閥作ってやんぜー!」と気合を入れた。






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読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

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