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「事の始まりは、夏期始めにグロスヴァン伯爵令息が、ヌーに対して『春期テストはズルしたんだろう』と言ったことからなんです」
頭痛い……あのたらこ唇、なに言ってんだ……
「それに対してヌーが『ズルしていない』と主張して、『俺たちを見下しているんだろう。ズルしたくせに貴族を馬鹿にするな』みたいな終わり方になったそうです。それが引き金でクラスの半分くらいがヌーを虐めはじめて、その中に侯爵家もいるもんだから誰も何も言えないみたいです。
虐めていない侯爵家の子供は、平民を庇ってまで揉め事に参加したくないのでしょう。ちなみに、グロスヴァン伯爵令息は静観組です」
「虐めていなくても、静観していたら虐めているのと同じでしょう」
「正論ですが、親の力が全ての貴族社会ですからね。助けたくても助けられない人もいるでしょう。
本当、クソッタレな世の中ですよ」
「……オニキス様?」
「なんでしょう?」
最後だけ小声だったけど「クソッタレな世の中」って言ったよね?
苦しさが滲んでた。
でも今は、いつもの飄々とした笑顔だわ。
触れてはいけないのだろうと、聞き流すことにした。
「どうしてヌーさんは、グロスヴァン伯爵令息のバザー品の提案を受け取らないのでしょう?」
「そこが狡いところでしてね。普通にただ提案していたら、ヌーも受け取ったでしょう。優しいところもあるんだなって見直してもらえたでしょう。けど、グロスヴァン伯爵令息は条件を出したみたいです」
条件? まさか……
「体の関係を求めたみたいです。それが無理なら下僕になれと言ったみたいです」
それ、たらこ唇が言ったのかー。
バカだな、バカだ。
「庇う訳ではありませんが、堂々と側に置くことはできませんからね。付き合うことなんて以ての外。相手は平民ですから。それでも、ひとときの夢が見たいなら、正直に気持ちを話すべきなんですよ。結婚するまでなら影で付き合えますから」
「バカね。夢を見ようとするから、そんなことになるのよ。どう転んでも無理なんだから、はじめから諦めるしかないのよ」
「シトリン嬢も好きな人ができたら、気持ちが分かるようになるかもですね」
「は? 私、アズラ様のこと好きだけど?」
「俺が言ってるのは、顔がいいから好きだとか、王太子だから好きだとかじゃないですよ。恋愛としての本気の好きです」
「まぁ、不倫するくらいだからオニキスもバカよね。恋だの愛だのあってどうするのよ。好きな相手と結婚なんてできないんだから、せめてカッコいい方がいいじゃない」
「……そうですね。せめてまともな人間だったらいいですよね」
「気持ち悪い。急に素直にならないでよ」
貴族のお子様結婚事情世知辛い!
色んな小説読んだけど、ほとんどがそうだった。
家と家との結びつきが重要で、結婚する子たちの気持ちは二の次。
だから、シトリン様のせめてカッコいい方がいいって分かる。
あたしも相手がアズラ様じゃなかったら、そう思ってお父様にカッコいい人って条件を出したと思う。
「まぁまぁ、シトリン様。もがいて好きな人と結婚できればラッキーですし、結婚する相手を愛するように努力するのも素敵ですしね。誰かを不幸にしないなら、愛の形は色々あっていいんじゃないでしょうか」
「あなたが言うとマウント取られてるみたいだわ」
「ひどい」
「でも、そうね。結婚する相手を好きになるように努力ね。みんな、そうしているんでしょうね。私もフローを好きになれたらいいんだろうけど」
「え? フロー様? どうしてですか?」
「婚約者内定よ。発表は学園を卒業してから。家格が釣り合って婿養子ってなると、フローしかいないのよ。不細工じゃないけど、好みの顔じゃないのよねぇ」
「フロー様はカッコいい部類に入ると思いますよ」
「ルチル、それはどういうことかな?」
「客観的に見た場合ですよ。私は、アズラ様がカッコいいと思っていますよ」
「だったらいいけど」
シトリン様とフロー様かぁ……フロー様ねぇ……
優しいし、紳士だし、将来有望株だけど……
本と同じなのかどうかは分からないから見守ることにしよう。
ここで、夕食の時間を告げる鐘が鳴った。
長い間カフェテリアに居たようだ。
アズラ王太子殿下とオニキス伯爵令息が女子寮まで送ってくれて、手を振って別れた。
オニキスの想い人の話が少しあり、シトリンとフローの話も出てきました。
本当に貴族社会の結婚世知辛いですよね。
みんな幸せになってほしい。
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