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席に着いた祖母が、頬に手をあてながら不思議そうに尋ねてくる。
「これはパンかしら?」
「あい! さんどいっちのなかまでしゅ」
「この白いのが、さっき言ってた生クリームか?」
「そうでしゅ!」
「生クリーム?」
「食べてみようか」と祖父が言いかけた時、ドアが勢いよく開いて料理長が駆け込んできた。
祖父母もルチルも、お茶を用意してくれた侍女も、肩を上げて驚いている。
「なんだ、騒々しい」
「すすすみません! ですが、感動が胸を突き破りまして!」
感動が胸を突き破るって、なんだろ?
高揚させた顔で身振り手振りしているけど、何言ってるのか分からないよ。
「タンザ様! この生クリーム素晴らしいです!」
「お前が来たから、まだ食べられていない」
自分より先に食べたのか? と、不機嫌になった祖父に気づかないほど料理長は興奮している。
「早く食べてみてください」
急かす料理長に、祖父母もルチルも1口食べた。
久しぶりー! この時を待っていたよ!
生クリームって不意に食べたくなるんだよね。
あー、滑らかで、ふわふわで美味しいよ!!
食パンの塩味と甘さ控えめな生クリームとフルーツの甘さが、いい塩梅だわ。
何個でもいけちゃう。
あっという間に食べてしまい、もう1つ手に取ろうとして、フルーツサンドを見ながら固まっている祖父母に気づいた。
あれ? 美味しくない?
でも、料理長が素晴らしいって興奮してるから、きっと美味しいよね?
もしかして、お祖父様もお祖母様も甘いモノが苦手なのかな?
不安になり、様子を窺うように見ていた。
食べかけのフルーツサンドをお皿に置いた祖父が、静かに立ち上がっている。
「おじーちゃま?」
無言のまま横に来られた次の瞬間には抱きしめられていた。
「すごい! すごいぞ! ルチル!!」
「え? え?」
「こんなに美味しい食べ物、初めて食べた! ルチルは天才だ!」
「まぁ、これはルチルが考えたの? こんなに美味しいものを作れるなんて、本当に天才だわ」
祖父に頬にキスをされ、頭を撫で回される。
もう1度強く抱きしめてから、祖父は自分の席に戻っていった。
「そうか、これが生クリームか」
食べかけを口の中に入れながら祖父が呟いた。
祖母も美味しそうに食べている。
料理長は何度も頷いている。
みんなが喜んでくれている姿が嬉しくて、褒められていることに照れて、ルチルは頬を緩ませた。
「これならば朝食で食べてもいいかもしれないな」
「そうですね。この時間だと夕食が入らないかもしれないですわ」
フルーツサンドって、意外にお腹にくるもんね。
ケーキだったらまた別なんだろうけど、フルーツサンドはパンだからな。
スポンジの作り方伝えたらケーキ頻繁に作ってくれるかな。
「料理長、これは日持ちしそうか?」
「いえ、難しいと思います。作った日に食べた方がよろしいかと」
さすが料理長。作っただけで分かるんだ。
「そうか。作るのは簡単か?」
「作るのは簡単ですが、急速冷蔵室があった方がよろしいかと思います」
「そうか……」
腕を組んで考え込む祖父に、首を傾げる。
「おじーちゃま、どうちたんでしゅか?」
「生クリームを売れればと思ったんだが、急速冷蔵室があるパン屋はあったかなと思ってな」
「ないんじゃないでしょうか。大きな冷蔵庫にしか急速冷蔵室は付いておりませんから」
「そうだよな。うちのパン屋は、どこもそこまで大きくはないからな」
新発見。
アヴェートワ公爵家はパン屋さんも営んでいる。
「バター以外に塗れて、そして甘い。朝はもちろん、小腹が空いた時にも食べられる。いいと思ったんだかな」
「おじーちゃま、なまクリームはもっとかんたんにつくれりゅでしゅ」
「お嬢様、どういうことでしょうか? 今日もとても簡単でしたが?」
「ちぼりたてのぎゅーにゅーを、れいぞうこで1にちいじょうおいとくでしゅ。そちたら、2そうにわかれりゅでしゅ。うえのトロッとちたぶぶんに、さとうをいれてまぜればできるでしゅ。そっちでつくりゅほうが、おいちいでしゅよ」
というか、それが本当の生クリームだからね。
そっちの方が濃厚で美味しいよ。
軽めの口当たりが好きな人にはホイップクリームだけどね。
「バターを作る部分か!?」
「そうでしゅ」
あの部分、なんて呼んでるんだろ?
「バター原液と呼んでたが、これからは生クリームと名付けていいかもしれないな。パン屋に作り方と共に配るようにするか」
あ! 駄目だ! 肝心なこと忘れてた。
「おじーちゃま、つくったあとはうれりゅまで、れいぞうこのなかがいいでしゅが、かのうでしょうか?」
「冷蔵庫がいいのか?」
「あい、あたたかいとなまクリームがとけちゃいましゅ」
「そうなのか。でも、見せないことには売れないだろうからなぁ」
んー?
お肉屋さんとかお魚屋さんって、どうやって売ってるんだろ?
氷で冷やしてるのかな?
「……残念だが無理だな。惜しいな」
生クリームの代わりになるものが、あればいいのかな?
「おじーちゃま、じゃむはいかがでしょ?」
「ジャム? とはなんだ、ルチル」
あれ? お祖父様もお祖母様も、そして料理長の瞳も輝いて見える。
生クリームの力は偉大だわ。
「フルーツをあまくにたものでしゅ」
「パンに塗るものか?」
「パンでもいいでしゅち、チーズやクラッカーでもいいでしゅ。それに、こうちゃにおさとうのかわりにいれられましゅ」
「それはいいな。ぜひ作ってみよう」
アヴェートワ領にはたくさんのフルーツがあるから、ちょうどいいと思う。
ジャムは保存期間長いし、瓶詰めだから領地で作ってパン屋さんに運べるもの。
うまくいったら雇用も生まれるしね。
そこまで貧乏な人は見かけなかったけど、あたしがまだ見てないだけかもだしね。
「フルーツサンドはレストランで、ジャムはパン屋で販売するか」
ええ!? レストランもしてるの!?
フルーツサンドはサンドイッチって言ったから、パン屋さんだったのかな。
そのうち、カフェも作ってもらえたら嬉しいなぁ。
料理長はこの後夕食の準備があるので、ジャムは明日、本来の生クリームと共に作ることになった。
祖父母は、お茶を飲みながら甘味の素晴らしさを話し合っている。
ルチルは余ったフルーツサンドをお茶を淹れてくれた侍女にあげたら、瞳を潤ませて喜んでくれた。
料理長に言って、お屋敷のみんなに振る舞ってもらおうと思ったのだった。
次の日の昼食後、約束通り厨房に行くと祖父とサーぺも厨房にいた。
材料と作り方を見て、今後の仕入れや商品化の手順を考えたいとのことだそうだ。
先に生クリームを作り終え、昨日のホイップクリームとの違いにみんな驚いていた。
次に、ジャムの材料と作り方の説明になった。
「なんだと? 果物と砂糖だけでいいのか?」
「あい」
「サーぺ、早急に砂糖を買い占めろ。価値が分かると値上がるからな」
「かしこまりました」
朝食の後で、先に果物に砂糖をふりかけておいてほしいと、料理長にお願いしていた。
使う果物に対して砂糖は50%~100%。
今回は、80%を用意してもらっている。
使う果物は、いちごとみかんとりんご。
ジャムの定番だ。
いい感じで果物から汁気が出ているので、強めの中火にかけてもらい、沸騰させる。
アクを綺麗に取り除きながら、焦げないよう煮詰めれば完成だ。
この少し果物が崩れてるのと鮮やかな色が、ジャムのいいところだよねぇ。
あたしは、形が崩れていないコンポートの方が好きなんだけどさ。
「お嬢様、本当にこれで完成でよろしいんですか?」
「あい、かんたんでしゅ」
「これは火に気をつければ、誰にでも作れそうですね」
「あい、あとはさましゅだけでしゅ」
消毒した瓶を用意してもらい、中に詰めた。
ジャムは瓶保管が定番だからだ。
急速冷蔵室で冷やされたジャムをスプーンで1口味見した祖父が、昨日と同じようにルチルを抱きしめて、頬にキスしてきた。
ジャムも大成功だったようだ。
今日のお茶の時間に、祖母にも出してもらおう。
祖父とサーぺは、話し合いながら厨房から出ていった。
ルチルは、自室に戻る前に「まだ時間があるなら、お屋敷で働いているみんなの分も作って配ってほしい」と伝えておいた。
ジャム用の砂糖と瓶が足りず、その日はフルーツサンドが配られ、後日使用人全員にジャムが配られた。
ルチルは歩くたびお礼を言われて、嬉しくて恥ずかしかった。
祖母はジャムを紅茶に淹れることにハマり、祖父も執務で疲れた時はジャム入り紅茶を飲むようになった。
生クリームでフルーツサンド、そしてジャムを作りました。これからも色んなスイーツを作っていきたいと思っています。
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