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鏡に映る自分を見て、深いため息が漏れる。
「やっぱり……あくやくれいじょうでしゅよね……」
昨日の3才の誕生日は、父母と2才年下の弟、父方の祖父母という家族だけの誕生日会を過ごし、とても楽しかった。
母方の祖父母から贈られてきた可愛いドレスを着て、ティアラをつけて、お姫様気分を味わった1日だった。
それなのに今日は、深海並みに深いため息を何度も吐いている。
ため息の原因は、鏡に映る自分と部屋の隅に置かれた誕生日プレゼントの箱。
中身は、宝石を散りばめたカチューシャ。
送り主は王族からだった。
昨日開けきれなかったプレゼントを、今日起きてから母と開けていたのだ。
母は、弟が泣いていると侍女が呼びに来て部屋を出て行った。
「どうちたらいいのかちら……」
また深いため息を溢した。
事は3年前、アラゴ・アヴェートワとタイチン・アヴェートワの間に、ルチル・アヴェートワが生まれたところから始まる。
ルチルは、生まれた瞬間から前世の記憶を持っていた。
生まれた時は小さい手、思うように動かせない体、話せない口、自分を愛おしそうに見つめ撫でてくるこの世のものとは思えないほどの美男美女に混乱したが、考えるだけしかできない日々に『ああ、よく小説にあった転生だな』と理解した。
そして、前世の自分は、老衰で死んだということも……。
最後まで寄り添っていてくれた夫は、その後どうしているのだろうか。
子供たちの誰かが引き取って、幸せに暮らしていてほしいと願った。
ルチルは、前世年老いてから図書館に通っていた。
図書館までの距離は散歩に適していたし、図書館は冷暖房が効いているし、タダで色んな本が読み放題なのだ。
貧乏ではないが年金暮らしだったので節約にもなり、夫とは本の話ができるのでコミュニケーション不足にはならなかった。
そんな図書館通いの中で、不意に手にしたノベル小説が転生物だった。
今まで読んだことのなかった乙女たちの物語に心が躍り、何冊も読んでいたからこそ、自分が転生したのだと理解ができたのだった。
毎日のように来る祖父母と父母を見て、今世は絶対綺麗で可愛いが保証されていると喜んでいた。
そして、ただちょっとだけ裕福な家庭なんだろうなと思っていた。
その勘違いに気づいたのは、1才になり、ようやく抱っこで部屋の外に出られるようになった時だった。
赤ちゃんに侍女がついたり、敬うように「ルチルお嬢様」と呼ばれていた理由が分かったわ。
部屋も広すぎると思っていたけど、部屋の広さなんて可愛いものだったわ。
何分歩けば庭に着くんですか!? という家、いや、お城の広さ。廊下の長いことよ……
派手すぎず、でも高級だと分かる廊下にある調度品の数々……廊下を歩けば下げられる頭……そして端が見えない庭……どんだけお金持ちなんだろう……お金持ちすぎて怖い……
庭に着いて遠い目をしてしまった赤ちゃんなんて、ルチルだけだろう。
でも、初めての外は日差しが気持ちよく、祖父の温かい腕の中は安心感でいっぱいだった。
ルチルが2才になった時、弟が生まれた。
ルチルも祖父母と父と一緒に生まれたばかりの弟を見に行き、子供を産む苦痛や苦労を知っているだけに、母の前で大号泣した。
「よがっ……よがった、でしゅ……」
柔らかく微笑んだ母が、ベッドから手を伸ばし、頭を撫でてくれた。
祖父母も父も、みんな微笑んでいる。
ルチルの温かくも優しい空間を壊したのは、医師の言葉だった。
「アヴェートワ公爵様、おめでとうございます。これでお世継ぎの心配はいりませんね」
こ、こ、こうしゃくって言ったよね?
ええ!? お金持ちだと思ってたけど公爵だったの!?
あた、あたし、公女だったの!?
……ここは貴族社会だったのね。
涙なんて引っ込み、最近始まった淑女教育が厳しい理由が分かった気がした。
2才の子供に厳しすぎない? このクソババア。と思っていたけど……
クソババアと思ったのは仕方がないのよ。
お祖母様より若いはずなのに、お祖母様より年老いて見えるんだから。
クソババア発言は、今は関係ないわ。
あたしが公女だったとしても厳しすぎるのよ!
カーテシーや立ち姿、歩き方を教えてもらっているが、できないと軽く叩かれていた。
いつ家族にチクろうかと考えていたのだ。
往生した前世がある分、心が強いもんです。
ただルチルもこの時点では、自分が悪役令嬢かもしれないなんて思っていなかった。
自分が悪役令嬢かもしれないと初めに思ったのは、淑女教育中に家庭教師の先生が「同じ歳の王子がいること」「このままでは王妃になれないこと」を、クドクドと言ってきた日の夜だった。
お風呂上がりに鏡の前で髪の毛を乾かしてもらっている時に、ふと家庭教師の言葉が過ったのだ。
同じ歳の王子様ねぇ。
別に王妃になんてなりたくない……
ん? ちょっと待って……あたしの見た目って悪役令嬢っぽくない?
猫目可愛いとか思ってたけど、キツくも見えるよね。
将来蜂蜜色の髪を、もし巻き髪になんてしたら……
おーほほほほの世界じゃない?
「お嬢様、どうされました? 顔色がよろしくないですが……はっ! まさか寒いですか!? 風邪でもひかれましたか!?」
鏡に映る青い顔をしたルチルを見た侍女が慌てだした。
額に手をあててくる侍女を鏡越しに見つめ、心の中で頭を振ってから軽く微笑んだ。
「だいじょぶでしゅよ」
「熱はないようですが……本当に大丈夫ですか? 気持ち悪いとかもございませんか?」
「ないでしゅ」
その後も心配そうにしていた侍女だが「何かございましたら、すぐに呼んでくださいね」と言って、部屋を出て行った。
どうしよう……悪役令嬢なのかな……
いや、まだ決まったわけじゃない。
見た目と身分だけで悪役令嬢なんて決め付けはよくないわ。
でも、もし、もしもよ、悪役令嬢だった場合の未来って、どうなるんだろう……
お家取り潰し? 平民落ち? それとも、斬首刑?
さっきよりも青くなった顔を左右に振った。
こ、こわっ! 怖すぎる!
これは早々に対策を練らなければならないわね。
布団の中で「悪役令嬢にならないためにはどうすればいいか」を考えていたはずなのに、気づいた時にはぐっすり眠って迎えた清々しい朝だった。
それから何度も何度も、悪役令嬢にはならない! その為には王子様には会わない! 誰も虐めない! と、心の中で呟いていた。
淑女教育以外は平穏な日々を過ごしていたのに、3才の誕生日の次の日にこんなにも落ち込むとは……
物語の始まりですので、後数ページ投稿します。お付き合いいただけましたら幸いですm(_ _)m