2Pitch 選択肢
「いやぁ、いきなり自宅に押しかけてすまないね。このまま日を跨いで他球団にマイナー契約で取られる訳にはいかないと思ってさ」
しょぼい椅子に座ってもらい、コーヒーを淹れてGMをもてなす。
「他球団ていうか…俺普通に引退するつもりだったんですよ。新ルールで同業者がDFAされまくってて絶対メジャー契約なんて貰えないと思ってたから」
「マイナーでやる気はなかったのか?」
「ええ、正直メジャーに上がれる自信というか…ほとんど左相手にしか投げてなかったからルールに適応できる気がしなくて…俺こんなんでメジャーでやっていけるんですかね?」
自分の素直な気持ちを伝えるとGMは笑った。
「はは!面白いことを言うな。やってけるやっていけないじゃない…絶対にやるんだよ。それがプロだ」
その言葉とともに契約書を俺に提示する。
「単年70万ドル。メジャー最低保証年俸だ」
だが、とすぐさま付け加える。
「右打者を一人抑えるごとにプラス1万ドルの出来高付きだ」
「え、そ、それってどういう意味ですか?」
「そのままの意味だが?右打者相手にアウト取ればプラス1万ドル。単純だろう」
俺は困惑した。
俺に右打者なんて抑えられるわけがないのにその出来高契約とはなんの意図があるのだろう。
「い、いや無理ですよ…さっきも言いましたけどずっと左にしか投げてない」
「わかってないみたいだな」
GMが食い気味に話を遮り、頭をかく。
「話していて思ったが…そもそも君はこの入れ替えの激しいメジャーでやることの重さをわかっていない。君はいつもそんな弱気でマウンドに立っているのか?この世界はやるかやられるかの2つなんだ。いい加減に目を覚ませ」
確かに考えてみると俺は大した欲望もなく、ただ普通に野球をやっていたらいつの間にかメジャーリーガーになっていた。
しかも、言ってしまえばそこまで強豪じゃないチームにずっと所属していたせいで緊張感というのもあまり感じずにいた。
「私も気が長くないんでな、5秒後に答えを聞こう。共にプレーするかどうかを」
これは俺自身が変わるチャンスでもあるんだ。
答えは一つしかなかった。
「すげー…」
ロサンゼルス・ドラゴンズの球団本部の入り口で佇んで圧倒されていると、GMが中からロックを開ける。
「ジェレミー、まずは我がドラゴンズへようこそ。歓迎するよ」
「ええ、チャンスをいただいて光栄です」
強く握手をすると、早速施設の案内が始まった。
トレーニングルームや選手個人個人のメニュー、トレーナー。
どれも最先端だった。
「なんか、強豪球団である理由がわかった気がしますよ」
「まぁ施設には自信があるからね。けど本当の強さの秘訣は…」
「おー、その人がジェレミー・ライトさんっすか」
俺たちが話していると後ろから声が聞こえた。
振り向くと10代後半から20代前半くらいの若い青年がいた。
一応スーツ姿だが着崩しており、あまり真面目そうには見えない。
「おお丁度よかった、紹介するよ。彼はニック・ニコルソン。我がチームのデータ班のエリート、そして投手コーチの一人だ」
「…データ班兼任投手コーチ?」
初めて聞いた職業だ。
普通そこの仕事は分別する。
しかもどう見たって若すぎるし…
「そう、彼こそが我がチームの強さの秘訣。まだ21歳だが、腕は確かだ」
「あんたの獲得は僕がGMに進言したんすよ。間違いなく世界一のピースになる、って」
「へ、へー、そりゃどうも…」
正直鼻につく態度だ。
偉ぶってるというかなんというか…自分の間違いを認めなさそうなタイプに見える。
「それじゃ、早速一緒に来てもらうっすよ。ジェレミーさん」
「え、どこに?」
「僕専門のデータ室に。あんたのピッチングを改造するっす」
データ室は想像よりも広く、正直驚いた。
これをこの男一人に独占させていいのか。
よく見るとそこらへんにアニメのフィギュアやらDVDが置いてあるし…
「ああ、そこらへんのは僕の趣味なんでお気になさらず」
「あ、うん。了解」
ニックがパソコンを開いて映像を複数のモニターに映し出す。
「率直に言うとあんたは今のままだととてもじゃないけどメジャーで通用しないっす」
「ず、ずいぶんな物言いだね」
「昨シーズン60試合投げて防御率3点代半ばなのに、って言うつもりなのはわかってるっすよ。けど、多分このままだと他球団にも癖がバレるっす」
癖…?
数年プレーしててそういう指摘をされてきたことはなかったため驚いた。
「ダイナムズとは同地区だからあんたとの対戦機会は多かったけど、僕は去年癖を見抜いたっす」
「た、確かにやけにドラゴンズに打たれた記憶あるけど…やっぱそれが影響してるのか?」
「ええ、あんたは基本スライダーとフォーシームのツーピッチ、けどスライダーを投げる時に静止する時間が約1.12秒短いっす」
そう言ってスライダーを投げている時とフォーシームを投げている時の映像を同時に再生してその時間を比べる。
どの映像を見ても差は1.12秒かその僅か前後だった。
「だからうちのチームはあんたのを狙い打ちできたんすよ。まず改善点としてはそこ、そして…」
今度は俺のスライダーを投げている動画を再生する。
「こ、これは?」
「見てわかるじゃないすか。あんたのスライダーっすよ。さしてすごいボールでもないインチキスライダー」
「イ、インチキ…?」
「あんたのスライダーはサイドハンドだからよく曲がってるように見えてるだけっすよ。回転数も大したことないし、被打率もそこまで良いわけじゃないし」
そ、そんな言わなくてもいいだろ…
「お、俺はずっとこのスライダーを買われて食ってきたんだぞ…それならなんでダイナムズは俺を左のワンポイントとして使ってたんだ」
「ダイナムズは今まであんたというダイヤの原石を全っ然磨けてなかったんすよ」
語気を強めて俺にそう言った。
「左でサイドハンドでスライダーを投げるから左のワンポイントとして育てる…全くわかってないんだ」
すると、彼は俺の腕を掴んで伸ばす。
「こんなに腕が長くてリーチがある投手になぜ上手で投げさせない?これじゃ牙がないライオンと同じだ」
「…あの、どういうこと?」
目を丸めて呆然としていると彼が俺の額に指を突きつけて宣言する。
「僕があんたを最高のリリーバーにしてやる。ジェレミー・ライトはワンポイントで終わらせない」




