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「なーんか、違和感があるんだよなぁ。なんて言うか、喉に刺さった骨は抜けたけど、また感触が残ってて、抜きたくなるようなもどかしさが抜けんのだよ。マナ」

「隊長、今日はいろんなことがあったから疲れてるんですよー。ままっ、とりあえず飲んで飲んで。飲めばきっと思い出しますよ」

「お、おい。お前酔ってるだろ。飲み過ぎだぞ。お前酒癖が悪いのか? 飲み過ぎるなよ」

「わーってますよ。隊長。そこまで言うなら、この樽を開けるまで私、頑張らせていただきますっ」

「全然分かってないぞー! おいっ、誰か止めろ。ルベルっ! 頼むから止めてくれ」


 別の席で一人で飲んでいたルベルは、マナは酔うと手がつけられなくなることをよく知っていた。


「隊長。先輩を止められる人間がここにいますか? 羽交締めにしても、店の外まで放り投げられるだけだし、下手したら先輩の魔剣の練習台にさせられますよ」

「お、お前。苦労したんだな……」


 すべて、ルベルの実体験である。タークは思わずこぼれそうになる涙をこらえた。


「こういう時は、気持ちよく飲ませて、倒れるのを待つのが一番平和なんですよ」


 見ると、マナは樽の中の酒を飲み干ほそうと、樽を持ち上げている。


 三人は、魔物を撃退した祝宴を開いてもらっていた。ナナイの店を貸し切っているため、心置きなく騒いでいる。驚くことに、この祝宴は広場で反対運動をしていた者たちから発案された。ルベルたち騎士団が頼りになる存在だと、逆に持ち上げるようになった。タークに至っては、神に近い存在になっている。


「ささっ、ルベルさん。気兼ねなく飲んで下さいよ」


 反対運動をしていた男がルベルの杯にお酒を注ぐ。


「お前たち、調子が良すぎないか? あれだけ俺に罵声浴びせておいて」

「あの時は本当にすみませんでした。ルベルさんたちはこの街を救ってくれました。これは紛れもない事実です。感謝しかありません。……あの時は、昨日王国から来た騎士団に税の徴収されたばかりだったので、気が立っていたんです。ルベルさん達も同じ騎士団だから、税金泥棒だと、つい……。でもそれは間違いだと気がついたんです。領域騎士団の方たちはこの街の英雄です! これからは街をあげて全面的に支援させて頂ますよ」

「ったく、それが調子いいんだよ」


 話していると、奥の厨房からナナイの怒声が響いた。


「おーい、男共。食べたお皿は順番に私まで持ってこないと、次の料理が出せないよ。飲んでばっかりじゃなくて、働きな」

「おっと。ナナイを怒らせたら怖い。ルベルさん、また後で」


 男は厨房の方へ走って行った。マナが、樽を自分の口に付けて、中の酒を全て流し込もうとしているところがチラッと見えた。


 ルベルが手元に目をやると、今度はタークがルベルの横に座って酒を注ごうとする。


「……隊長、今注いでもらったばかりなんですが」

「気にするな、遠慮なく杯を空けてくれ」


 タークはいつもの笑顔で親指を上に向けた。これが嫌だから一人でゆっくり飲んでいたのだが、タークを相手するはずのマナが泥酔している状況では逃げられない。ルベルは観念した。


「分かりました。久々にいかせて頂きます!」

「おおっ。ルベル、お前イケるクチだな」


 ルメルは酒を一気に飲み干した。体の中に急に熱気が走った。頭の中に何かいつもと違うものが流れてきた気がする。と、同時に頭がぼーっとしてきた。視線を落とすと、空けたばかりの杯には気が付いたら既に酒が満たされていた。ルベルはこのままでは自分の身が危ないと思った。一縷の望みをかけて後ろを見ると、マナは樽の中のお酒を飲み切れず、樽ごとその場に倒れていた。


 こちらからも何か仕掛けないと、数分後には自分もマナと同じ姿になってしまう。


「た、隊長も全然飲んでないんじゃないですか? ほら、杯が空いています。注がせてもらってもいいですか?」

「おお! 俺は今猛烈に感動している。あの無愛想なルベルが俺に酒を……」


 タークは涙を拭きながら、酒を飲んで杯を机の上にドンと置いた。


「ルベル、もう一杯くれ」

「どうぞ、隊長」

「おお、すまんな。お前も飲め飲め」


 やはり来た。返盃だ。ルベルとしては上手くスルーしたいところだが、避けられそうもない。仕方なく杯を空ける。


「あっ、た、たいちょ……。そんなに入れちゃ駄目ですよ」

「ぷっはー。ルベルの酒は美味い! よしっ、もう一杯だ」

「ど、どうじょ……」


 まずい、意識が朦朧としてきた。それにしてもタークが酒にもこんなに強いなんて知らなかった。素直に尊敬するしかない。


「ほら、お前もいかんか。それそれそれー」

「う、うえっぷ、た、隊長……も、もう」


 ルベルは自らの命の危険を感じ、秘技『飲んだフリをして、中身を全て口から溢す』を発動した。相手にバレてしまえば『もう一杯』を返される非常にリスクが高い技だが、背に腹は変えられない。


「何言ってるんだ。もう少し飲んだたら、さっきから気になっていたことが思い出せそうなんだ」

「な、なんでしゅか、しょれ……あっ、お酒どうじょ」


 秘技を発動しながら、タークを潰す作戦たがタークはなかなかにしぶとい。ルベルの限界は近い。


「ぷっはー。美味い。ルベルの酒は最高だ」

「しょ、しょれはよかっ……た」


 ルベルは秘技の発動により、追加で飲んでいないのに、景色がぐるぐる回り始めた。こうなってはもう後の祭りだ。意識が回復することはないだろう。ルベルは諦めて、静かに目を閉じた。


「あっ、思い出したぞ! あの時、あの鬼のエラル、だっけか。俺たちに向かって『生き残った人間はお前だけか?』って言ったんだ。っておい。ルベル、寝るなー」


「寝ちまったかい?」


 ナナイがルベルに毛布をかける。よく見たらマナにも暖かそうな服をかけてくれている。


「ナナイ、いつもすまないな。ありがとう」

「なに、今日は命を助けて貰った上に、儲けさせてもらったからね。お安い御用だよ」

「すまん、俺も飲み過ぎた。……寝させてもらう」


 タークもそのまま突っ伏して寝てしまった。


「まったく、タークのやつ。酒弱いのに無理して……。余程、ルベルの酒が嬉しかったんだろうね」


 ナナイの店はまだ他の客で盛り上がっていた。今日この街を救った英雄たちを置き去りにして、その祝宴は夜遅くまで続けられた。






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