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 ルベルはタークの元へ急いだ。感じる気配だけで考えても、かなりの数の魔物がこの街まで入って来ている。ルベルは、タークがどれ程の強さなのか知らない。だが、常識的に考えて一人で相手できる魔物など、数体が限界だ。


「俺なら、魔法を使ってある程度は広範囲に攻撃できる……」


 ルベルは、ここにきても全力で魔法を使うことを躊躇していた。マナに知られていたことは驚いたが、マナであれば実害はない。マナの性癖と合わせてお互い秘密を守れば良い。だが、タークにまで知られてしまっては、守護者へ推薦されてしまい兼ねない。そうなってしまえば、勇者の道を諦めることになる。


(いや、もう勇者を目指すのはやめたんだったな。勇者になれないなら、守護者になるしか道はないか……ったく、先輩を見て、勇者なんてとっくに諦めたと思っていたのに、まだ拘っていたのかよ。俺もまだまだガキだな)


 ルベルは過去に思いを捨て、魔法を使って未来を切り開くことにした。そう決めたはずであった。だが、そう簡単に諦めることができない自分に苛立ってもいた。そうこう考えているうちに、大広場で戦っているタークのところまで辿り着いた。


「うおおおおー!」


 タークは、二階建ての家ほどの大きさのある魔物を、素手のままで放り投げているところだった。放り投げたその先には魔物が群がっており、投げられた魔物の下敷きになって潰されていた。


 すると、次は後方から巨大な狼のような魔物が数体姿を現して、タークに群れで襲いかかった。


「まずい、集団の狼はただでさえ生身の人間じゃ危ないのに、魔物ならなおさらだ」


 ルベルは魔法の詠唱を始めた。だが、始めたところでタークは一匹の狼の魔物の尻尾を掴み、振り回して周りの魔物たちを次々と薙ぎ倒していった。


「な、なんて馬鹿力だよ。このおっさん」


 タークはその狼の魔物も、群れに向かって放り投げた。


「うおおおおー!!」


 投げられた魔物の下敷きになって、またもや多くの魔物たちが下敷きになって潰されてしまった。それ以降、魔物たちは沈黙した。ルベルはタークの元へ駆け寄る。


「ターク隊長!」

「おお、ルベルか。早かったな。避難は無事に終わったか?」

「はい、大丈夫です。それにしても、隊長って強かったんですね。知りませんでした」


 ルベルは素直に、尊敬の念を込めて思ったことを口にした。それほどタークの力に魅了されていた。


「おいおい、俺も元々は勇者を目指していたんだぞ。このくらいはできるさ」

「『元は』って、そこまで強いのに何で勇者にならなかったんですか?」

「簡単だ。俺には魔法が使えない。魔力がほとんどないんだ」


 タークは満面の笑みで答える。魔法が使えないことは、騎士団にとっては死活問題だ。己の肉体だけでは強くなるのに限界がある。普通は心が折れて騎士団を諦めるか、街の用心棒になるくらいしか生きる道がないのに、タークはそれを選ばなかった。むしろ肉体の強化に特化した力を手に入れて、騎士団に残った。その余りある力は騎士団でも十分に通用する。それに至る努力を思うと、決して平坦な道ではないことが容易に想像できる。だが、タークの明るさが、それを聞いた者の雲がかかりそうになる気持ちを晴らしてくれる。タークが慕われているのに合点がいく。


「そうだったんですね……でも、凄いです!」

「なんだ、急に改まって。ん!?」


 不意に二人は強力な力を持った『何か』を感じた。魔力ではない。ただ単に強いだけではなく、内なる強い『信念』を思わせるような力だった。


「ターク隊長……」

「分かっている。ヤバいのが来るぞ」


 それは、突如として二人の目の前に現れた。どこからどのようにして現れたかは分からなかった。が、突然目の前に現れて静かに二人の前に降り立った。


 見た目は浅黒い肌を持つ男だった。屈強という程ではない。が、その身体から湧き出る異様な圧力が、見た目だけではない力を感じさせられた。目は髪で隠れており、頭には角らしきものが二本生えている。


「お、鬼か……」

「ルベル、知っているのか?」

「え、ええ。本で読んだことがあります。伝説だとばかり思っていましたが……」


 二人は、現れた鬼の突然の威圧に耐えるのに必死で動けなかかった。二人のそんな心境を慮ることもなく、鬼は二人に向けて静かに言い放った。


「今回は私たちの不手際だった。すまない。生きてる人間はお前だけか?」

「はっ? ど、どういう……」


 タークには理解が追いつかなかった。鬼は『不手際』と言った。その『不手際』が意味することが読み取れない。


「自己紹介が遅れた。私は魔族軍でこの地域をまとめているエラルと言う。今回は、部下の不手際でこのようになってしまったことを詫びに来た。ここの長は誰か?」

「わ、私はタークと言う。この街の治安を任されている。上役はいるが、今はこの街にはいない。私でも大丈夫か?」


 タークの言葉を聞いてしばらく考えた後、エラルは口を開いた。


「構わない。手を煩わせて悪いが、上役の者に私の名前を出して魔族からの伝言として伝えて欲しい」

「わ、分かった。このタークが承った」


 思ったよりも紳士的な対応なため、タークの力も少し抜けてきた。


「この度は部下の不手際で、結界の中に手下供の侵入を許してしまった。この部下には魔族軍の掟に従って厳しい処罰を科す。街の損害に対しては、残念ながら何も補償が出来ない。ただ、今後1年間は私の責任で魔物を決して結界の中に入れないことを約束しよう。その間に街が復興することを願う。……ん?」


 エラルは何かに気がついたようだ。


「なるほど……。人間たちにもあいつを殺せる奴がいるのだな。これは期待ができる」

「ど、どう言うことだ?」


 タークにはエラルの言っている意味が理解できなかった。


「不手際をしてしまった私の部下は、我々が処罰せずとももう既に殺された。と言うことだ。やったのはお前の部下か?」

「ぶ、部下? マナのことか」

「そうか、マナと言うのか。将来が楽しみだ」


 そう言うとエラルは後ろを振り返り、何かの魔法を詠唱した。魔法を放った瞬間、全ての魔物がどこかへ消えてしまった。


「なっ、魔法で……転送したのか……」


 エラルはタークたちに振り返る。


「それと、蛇足だが、お前の王に伝えて欲しい。『いつまでも守りに入っていると、この世界が滅びることになる。滅びる前に世界が動くことになる』と」


 そう言い残して、エラルはその場から消えた。現れた時も一瞬だったが、去る時も一瞬だった。


 タークはその場にへたり込んだ。


「た、助かったのか……。ルベル、大丈夫だったか?」


 タークが振り向くと、ルベルは顔面が蒼白になって、今にも倒れそうになっていた。


「お、おい! ルベル。大丈夫か? しっかりしろ!」

「あ、はい。もう大丈夫です。ちょっとあいつにビビってしまいました。すみません」

「気にするな。俺も足がガクガクだ」


 そう言って、倒れ込んだまま笑顔で励ましてくれるタークに、ルベルは少し救われた。


「おーい、みんなー!」


 急に場違いな声が聞こえてきた。マナだった。何となくだが何かを期待しているような目をしながら走ってくる。ルベルは嫌な予感がした。


「あーっ! 魔物が一匹もいなくなってるー! やっぱりこっちが当たりだったんだ!」


 マナは頭を抱えて倒れ込んだ。


「せ、先輩。き、気を確かに。でもみんな助かりましたよ。よかったじゃないですか」

「今日は収穫ゼロだよー」

「こ、声が大きいですよ。ターク隊長に聞かれたらまずいので、これ以上はやめて下さい」


 ルベルは小声でマナに注意をする。ルベルは気が付いていた。マナが、あれだけいたはずの魔物と、まったく触れ合うことができず、悔しがっていることに。


「げ、元気出せ。お前も一匹退治したんだろ? 大したものじゃないか。なっ!」


 どうやらタークは、マナが活躍の機会がなかったことを悔しがっていると勘違いしてくれている。ヒヤヒヤしたが、ルベルはほっと胸を撫で下ろした。タークの前で魔法を使わずにすんだことにも安心した。


 それにしても今日は長い一日だ。巡回から帰ってきて、隊長に報告に行った帰りにこの戦闘である。まだご飯を食べていないことにも気が付いた。


「あーっ、疲れた!」


 ルベルの心の叫びが、つい声に出てしまった。




 

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