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観客席でマナの試合を観戦していたルベルは王宮騎士団に呼び止められ、有無を言う間もなく連れ去られてしまった。
「ちょ、ちょっと、何するんですか? まだ試合中なんだから、ゆっくり見させて下さいよ」
ルベルは王宮騎士団に異議を申し立ててみたが、彼らからの返答はなく、結局一つの大きな部屋に連れて来られてしまった。そこは大広間になっていて、すでに勇者選抜の応募者がかなりの数集まっていた。何が行われようとしているのかがまったく見えてこないため、各応募者からは不安と苛立ちが混じった愚痴がこぼれていた。
「まったく、先輩の試合を最後まで見たいのに……」
と、そこへ見たことのある綺麗な女性と屈強な男が数人の騎士団員と共に入室してきた。どこかで見たことのある、とルベルは思ったが、彼らが口を開くまでは思い出せなかった。それだけ思いもよらない人物たちであった。
「皆の者、よく集まってくれた。私は王宮騎士団で団長を務めているぺリルと言う。緊急事態なので、詳しい説明は今ここにいらっしゃるアンリ王女から説明がある」
ルベルは思い出した。勇者選抜試験の開会を宣言したぺリルと、見目麗しき王女であった。とは言え、今は勇者選抜試験の最中である。何が起ころうとしているのかルベルにもその場に居合わせた応募者にもまったく予想がつかなかった。
「急に集まってもらって本当にありがとう。皆の力を借りなければならない事態となった。今急報が入り、西のデンジャの街の分体結界が破られた」
一瞬ざわめきが起こったが、すぐに収まった。皆、その一言で事の重大さを理解したからだ。
「ここに集まってくれた皆は、実力者揃いと見込んでのお願いだ」
「アンリ様、『お願い』などではなく『命令』して頂ければよいのです」
ぺリルがこっそりとアンリに耳打ちするが、アンリは聞く耳を持たなかった。
「今、デンジャの街の結界は解かれ、魔物たちが占拠している。我々はデンジャの街を奪還しなければならない。今こそ、君たちの力を貸してくれないか。この国難に立ち向かい、戦果を挙げたものは勇者とまではいかないが、王宮騎士団員へ私から推挙することを約束しよう」
アンリは一呼吸挟んで、大きく息を吸い込んだ。
「今一度問う。私と共にデンジャの街の奪還に付いて来てくれる者はいるか!」
その場は一気にアンリのものとなった。すべての応募者がアンリの言葉に魅了され、大声を上げて応えている。むせび泣いている者もいた。皆が大きく鬨の声を上げる中、一人納得のいっていない者がいた。ルベルである。
「デンジャの街が占拠って……。間違いなくヘイアンの街を襲った魔物たちだ。街を奪還って、そんな悠長なこと言ってる場合ではないでしょ。って言うか行動が早すぎだ。なぜこのタイミングで。今なら領域騎士団が全体的に手薄になっている。それを狙った? いや、そんな情報どうやって手に入れる……? 今日、この場で勇者選抜が行われることを。領域騎士団が手薄になる日が今日であることを伝えたやつがいる……?」
このままアンリについていくべきかルベルは悩んだ。
「どうする……? このままついて行くべきか。それともこっそり抜け出してこっちにいるべきか……」
だが、ルベルは思い出した。ヘイアンの街を襲った魔物がいるのであれば、きっとあいつもいる。パリストを殺したあいつが。
「そうか、そうだよな。……決めた。俺はパリストさんの仇を打つ。先輩、こっちは任せましたよ」
ルベルは魔装棍を強く握りしめた。
王への報告を終えた騎士団員は、王から離れたあと、会場の裏まで走っていた。そこは薄暗くて人目がなく、彼にとって好都合だった。
「上手くいきましたよ。エルト様。これで王宮結界にもくさびを打つことができるかも知れません。もっとも人間がデンジャの街を切り捨てなければの話ですが。まあ、その点に関しても心配はないだろう。あいつが頑張ってくれているだろうからな」
そう言ながら、騎士団員の男は騎士団の制服から着替えた。
「一番の障害となるマナはライカが抑えてくれている。となれば、残りの戦力は雑魚ばかり。エルト様の計画は上手くいくだろう」
男は着替えたあと、何事もなかったかのように表通りに出て来た。自らの本来の仕事をするためである。
「おーい、すまない。休憩が少し長引いてしまった」
男は同僚たちの元へ何事もなかったのように合流した。
「何やってんだよ、遅いぞベティレ」
「すみません、休憩中にちょっと観客たちが揉めているところに遭遇してしまいまして」
「そいつは災難だったな。じゃあみんなで持ち場に戻るぞ」
「はいっ」
ベティレは上司の指示の通り、通常の業務に戻った。
会場の方では大きな音が鳴り響いている。マナとライカの激しい戦いはまだ続いていた。




