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 マナとルベルは、巡回を終えてホムの街まで戻ってきた。結局あの後、三体の魔物と遭遇したが、三体ともマナの手によって向こう側へ戻された。


「まったく、先輩がいると僕が昇進できないじゃないですか」

「何言ってるの。ルベルの魔法の力があれば、すぐに王宮守護者になれるよ。すぐに空きがでるから時間の問題じゃない?」

「先輩、僕は守護者には興味はありません。誰が好き好んで結界のために、自分の魔力を枯れるまで捧げ続けなければならないんですか」


 王宮守護者とは、王宮内にある結界の核を守る者の総称である。『守る』とは名ばかりで、結界の維持のために、必要な魔力を注ぎ続けなければならない過酷な仕事である。


「誰かがやらなきゃいけない仕事だよ」

「まあ、それはそうですが…」


 そんな話をしながら歩いていると、広場に集まって集会らしきものを開いている集団が見えた。


「結界維持のための税で、民が苦しんでいる! 税を取るなら民からではなく、遊び呆けている貴族共から取るべきだ!」

「そうだそうだ! 俺たちは毎日の食事も満足に食べられない。なのに貴族どもは毎日のように贅沢に飲み食いしてるらしいぞ! 断固として許せない!」


 この国、アーセック王国は結界によって魔物から守られている。だが、結界の維持費用が年々増え続けていて、その増加した分は平民から徴収する税で賄われている。結界がないと困るのが分かっていても、徴収される側からするとたまったものではない。反対派が現れるのも必然である。このホムの街は王国の北の分体結界の拠点で、王都からも離れているため、こういった活動が盛んなのである。


「おい、あそこで歩いてる奴ら、領域騎士団じゃないか! 税金泥棒め!」


 マナたちを見つけた民は、そちらに向かって侮蔑の眼差しと罵詈雑言を浴びせかける。マナたちはそんな眼差しや罵詈雑言には慣れているため、相手にせず、無視してやり過ごす。


「まったく。飽きもせずよくやりますね。こっちは魔物が街まで来ないように命懸けてるって言うのに」

「まあまあまあ。これも私たちの宿命みたいなものだよ」


 無視してやり過ごしても、心が晴れないから、ルベルはつい愚痴を溢してしまう。


「だから、結界なんか無くしてしまえばいいのに」

「せ、先輩っ。しっー。声が大きいですよ」


 この国では結界維持こそが第一の使命だ。騎士は命を賭して結界を守らなければならない。そんなことを上に聞かれでもしたら、本当に命がいくつあっても足りない。


「マナ、帰って来てたんだ」


 急に後ろから声がかかけられた。振り返ってみると、行きつけの飲み屋の女主人だった。マナたち領域騎士たちの御用達のお店だ。特にマナは毎晩のように通っており、特段仲がいい。


「ナナイさん、ただいまー。今から上に報告に行くけど、夜にはまた顔出すよからね」


 マナは杯を口に入れる仕草をする。


「いつもありがとうね。それにしても、今回も無傷で生還かい? 最近じゃ、無傷で帰ってくるのはあんたくらいだよ」

「ルベルも無傷じゃなかった? あっ、足に一発もらってたっけ?」

「す、すみませんねぇ。一発だけもらっちゃいまして……」

「ルベルも一発だけかい? それでも大したもんだよ。昨日帰って来た騎士さんは、まともに歩けない状態だったよ」


 最近は結界を超えてくる魔物の凶暴性が増している。それ故に、領域騎士たちの損耗が激しくなっていると、上から耳にタコができるくらい言われている。


 マナたちは、ナナイに『また来る』と告げて上への報告を急ぐ。ナナイの店から流れてきた料理の匂いに空腹が刺激された。とっとと報告を終わらせて、酒にありつきたい。


 領域騎士団の拠点が目の前に見えてきた。拠点と言っても、ただの素っ気ない部屋と休憩室があるだけの建物だ。中に入るとマナたちの上役に当たるタークがお待ちかねだった。タークは魔法は苦手だが、体術だけならマナに負けない実力を持つ巨漢の男だ。部下の面倒見がいいため、前線には出ずに上役に収まっている。問題児のマナに対しても寛容だ。


「ターク隊長。マナとルベル無事に帰還致しました」


 二人は敬礼して帰還の報告をする。マナもこのときばかりは騎士っぽく振る舞う。


「マナ、ルベル。おつかれさん。流石だな。マナに至っては無傷か? ルベルも怪我は大したことなさそうだな。まあ、座ってくれ」


 タークが、応接の椅子に座るよう薦める。


「で? 何が何匹出た?」

「今日は見たこともない奴でしたね。巨大な猫みたいな魔物が四体。動きも早くて手強かったです」

「巨大な猫……。昨日、テスラとミールをやったのと同じ奴かもな。倒したのか?」

「いえ、向こう側に飛ばして来ました。倒すよりそっちの方が確実だと思ったので」


 嘘である。マナの実力であれば、一振りで首を落とせる。ルベルはいつものマナの報告を黙って聞いていた。


「そうか、最近凶暴な魔物が増えてきたからな。また本部へ増員を頼まなきゃいけない。こりゃ、ランクルのやつにどやされるな」

「ターク隊長。一つよろしいですか?」


 ルベルは以前からタークに聞いてみたいことがあった。


「ん? 何だ? 言ってみろ」

「ここの分体結界ですが、ちゃんと結界維持ができてないんじゃないでしょうか? 結界が揺らいだ隙に、こっちに魔物が入って来てるとしか考えられないのですが」


 結界は核がある王宮から離れる程、効果が弱くなる。王国は、当初勇者が張った結界領域を維持しなければならないと考えている。だが守護者不足のため、次第に結界の効果が弱まっていることに王国は頭を痛めた。そこで苦肉の策として、北、西、東の要所の町に結界核の分体を置いて、それを起点に新たな結界を重ね合わせることで、結界領域を維持することにした。結界の維持は、分体結界に魔力を注ぎ続けている分体守護者にかかっていると言っても過言ではない。

 

「ルベル。ここは北の分体だ。暇な東と西と違って、一番危険な要所なのは知ってるだろう。それ故に分体を維持する分体守護者も優秀な者が集められている。今の責任者は王宮守護者をも経験したことのあるミラベルだ。そんなことは万が一にもあり得ないだろう」





 二人はタークへの報告を終え、再びナナイの店の方へ向かった。


「あーあ、絶対分体守護者がサボっていると思うんですけどねー。先輩もそう思いません?」

「ルベル。その発言、人のこと言えないよ。それこそ上に聞かれたら、首だけじゃなく手足をもがれても文句は言えないんじゃない?」

「えっ、そうですか? 先輩のに比べたら可愛いもんだと思うんですけど」


 守護者は、この国では王の次に偉いとされている。勇者であることを判断するのも、守護者に委ねられている。あのマナですら、勇者になりたいという目的のため、守護者たちを刺激するようなことは避けていた。


「それにしてもあの魔物可愛いかったなー。お家で飼って毎日もふもふしたいくらいだったよ」


 マナは自分が追い払った魔物を思い出しす。手で何かを優しく撫でる仕草をしながら、ニヤニヤし始めた。


「……先輩って悩みが無さそうでいいですね。よだれ、垂れてますよ」



 ナナイの店の前に着いた時だった。街の北の方から何かが聞こえてきた。二人は耳を澄ます。嫌な予感がしてきた。間違いない。魔物だ。それも一体や二体だけじゃない。集団でこちらに向かって来ているようだ。


「……せ、先輩」

「分かってる。これはまずいね」


 二人の緊張感が増す。


「私は分体守護者のところに行くわ。ルベルはターク隊長と住民たちをお願い」

「えっ、僕一人じゃ。いくらターク隊長がいても……」


 ルベルは、さすがにこの数だと逃げるしかないと思っていた。


「ターク隊長はルベルが思っているよりもずっと強いよ。大丈夫。でもね…」


 マナの口調が急に真面目なものに変わる。マナの口調が変わる時は、いつも嫌な予感しかいない。


「ルベル、あなた私に隠してるけど、もっとちゃんと魔法使えるでしょ? その魔法でみんなを守ってあげて。私の魔法じゃそこまでは出来ないわ。ルベルにしかできないの。分かるでしょ? 頼めるかしら?」


 ルベルは、魔法を温存していたことを、マナに見抜かれていたことに驚いた。頑なに隠してきたつもりはないが、そこまで見抜かれていたのであれば、これ以上言うことはない。


「分かりました。出来るだけやってみます」


 それを聞いたマナは、満足そうな顔で分体守護者のところへ走っていった。



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