20
ライカの慟哭だけが周囲に響き渡る。
ラーカイルは手を差し伸べた。その手が、ライカが鬼であるならば、いるべき場所はここではないと告げている。
「立て。お前は悪くない。悪いのは人間だ。さあ、一緒に行こう」
ライカはまだ動かない。ラーカイルの声が聞こえているのかどうかも分からない。それでもラーカイルは優しく語りかける。
「辛いだろう。だが、もう心配することはない。そしてお前はライカではない。別の名前がある。それは……」
その時、一筋の雷が走った。
「その手を離せぇぇぇ!!」
ラーカイルとライカの間に雷が落ちる。二人が手が一旦引き離された。
「誰だっ!」
ラーカイルは雷が飛んで来た方角に目を向ける。そこには一人の男が立っていた。
「その手を離せ。そしてライカから離れろ。クソ魔族が」
飛んできた雷が、先程戦ったパリストのものよりも強力であったため、ラーカイルは警戒した。
「驚いたな。人間にまだこのクラスの魔法が使える者がいるとは。お前も騎士団の者か?」
「うるせー! そうだよ。お前を倒しに来た騎士団のルベルだ」
人間は総じて魔力が少ない。よって使える魔法の威力も比例して小さくなるはず。だが、ライカは魔族だ。魔力が高くても納得がいく。だが目の前のルベルは人間とは思えない規格外の魔法を使ってくる。ラーカイルは逡巡しつつも、一つの答えを導き出した。
「そうか、お前は『候補者』なのだな。そう考えると納得がいく」
「なっ、なぜ、お前がそれを知っている?」
ルベルは完全に虚を突かれて、一歩ずり下がる。
「当たりか。馬鹿正直者め」
ラーカイルがほくそ笑む。
「何で、お前が『候補者』のことを知っている?」
焦りながらもルベルが訊ねる。
「こちらも情報は収集している。お前たちの存在も裏で動かしている黒幕もある程度は把握しているぞ」
ルベルは言葉にならなかった。『候補者』の事は誰にも知られていないと思っていたからだ。
「知っているなら、何で邪魔をする? お前たちがこんなことする必要はないだろう!」
「ルベルと言ったか。よく聞け。お前たちのやり方は間違っている。世界を救うのは俺たちだ」
「黙れっ! お前たちがやっているのは侵略だろう。正当化できる行為じゃない!」
ルベルは、苦し紛れと分かっていても、反論せざるを得ない。
「ふん、どちらが正しいなど、どうでもよい。我々は世界を救うために行動しているのだ」
「そ、それはこっちも同じだ!」
「だが、お前たちは間違っている」
「どうしてそんなことが分かるんだよ!」
「ここで討論していても時間の無駄だ」
ラーカイルは討論は時間の無駄と言わんばかりに話を切る。
「作戦には失敗したが、今日はいろいろ収穫もあった。そろそろ引かせてもらう」
「なっ、なんだって?」
ラーカイルが魔法を発動させると、大きな水蒸気が爆発して一気に周囲の視界がなくなった。ルベルは蒸気を吸い込んでしまい、喉をやられて急に蒸せる。
「それでは、魔法は発動できまい」
ラーカイルは風魔法で上空に立っていた。そして、力を無くしたライカが抱えられていた。
「ま、待てっ。くそっ」
ルベルは叫んだが、やられた喉が痛んで、大きな声が出せない。
「また会おう。でも次は邪魔してくるなよ。無駄な殺生はしたくないが、もし邪魔してきたら容赦はしない」
ラーカイルはそのまま結界の外の方角へ飛んで行ってしまった。
「くそっ、やられたっ。パリストさん、敵を取れなくてすまない」
ルベルは膝をついて地面に拳を叩きつける。この街で長年治安を守ってきたパリストとライカを失ってしまった。このままでは魔物たちの侵攻を許してしまう。それだけは避けなければならなかった。
民間人に死傷者はいなかったものの、ヘイアンの街が失ったものは大きかった。
ヘイアンの街の中心に位置する守護者の塔。その最上階に置かれている分体結界核。その結界核に魔力を注ぎ込みながら結界の制御をしている者がいた。
彼女は今日の仕事は上手くいったと自負していた。詳細は確認はできないが、手筈通り大量の魔物を結界内に招き入れることができた。今回こそ上手くいったはずだ。
報告では、この街の領域騎士団と追加で街に入った騎士団員の三名が街の門の外で交戦しているとのことだ。エルトの言葉を信じるなら、今回の襲撃では騎士団程度では相手にならない戦士が来ている。このまま結果の報告を待って、あとは結界核を持って引き上げるだけだ。
彼女がそう一安心した時、突然後ろから声を掛けられた。
「あなたがミラベルさんですか?」
一瞬、背中に殺気を感じた。
「誰だっ?」
ミラベルが焦って振り返る。一人の女が立っていた。この場所にくるまで、護衛の者が幾人もの見張っている。その者達から気付かれず、物音一つなくここに侵入してくるなど不可能だ。先程感じたさっきはすでに消えていた。
「えっとぉ、私の質問には答えてくれないのですか? ミラベルさん?」
その女はなぜか落ち着いていた。緊張感がまったくない。ここまで来たのであれば、護衛の者達を倒してきたのだろう。だが、交戦してきた様子がなく、まるでお茶でも飲みにきているかのように話しかけてくるのが不気味だった。
「ああ、そうだ。私がミラベルだ。お前は、その姿……領域騎士団の者か?」
その女は、花でも買いに来た少女のように可憐で美しかった。そして後ろに手を組んでにっこりと微笑みながら答えた。
「そうです。初めまして。私、領域騎士団のマナって言います」




