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パリストはヘイアンの街の門まで辿り着いて驚愕した。門の外は魔物の群れでいっぱいになっていた。いっぱいになっていたというより陣取っていた、という表現の方が正確だ。隊列を組んだように魔物たちが行く先に立ちふさがっている。
「な、何だ。これは。魔物がこんな風に統率されることがあるのか……」
と、その陣の中から一人の魔物が前へ進み出てきた。
「お前が騎士団のライカとやらか? これまで随分と私の部下をこらしめてくれたようだな」
その魔物は、見た目は髪の長い人間の女の姿をしているが、頭には一本の角が生えていた。肌は全体的に青くくすんでいるが、決して虚弱ではない。溢れんばかりの生命力を感じる。
こいつはまずい。パリストは直感的に感じた。やばい雰囲気をビリビリと感じる。一方的に蹂躙される。その恐怖で背筋が凍り着いた。ライカでも単騎では勝ち目がない。ライカは後衛で魔法を使えばこそ、最強なのだ。そして、このままこの魔物を進ませるわけにはいかない。幸いにも自分をライカと勘違いしてくれている。
「そうだ。俺がそのライカだ。お前は何者だ? どうやってこの結界内にそれだけの魔物を引き連れてこれたんだ?」
ハッタリを言いながら背中に冷や汗が流れる。これ程死を間近に感じたのは久しぶりだ。パリストは相手から受ける重圧だけで押しつぶされそうになるのを必死でこらえる。
「悪いがそれに答える義務はない。なぜならお前は今から殺されるからだ」
慈悲もない。そんな回答だった。
「そうだな。だが殺される奴の名前くらいは聞いておきたいだろうから、名乗っておく。私は魔族軍第五軍中隊長のサリュだ。安心しろ。こいつらはこの街から人を逃がさないための壁だ。ここから逃げない限り手は出さない。標的はお前だけだ。ライカ。死んでもらうぞ」
パリストは魔法の詠唱を始めていた。武器の魔装棍に魔力を注ぐ。魔装棍は一見ただの長い棒だが、魔力を吸収しやすい材料が芯棒になっており、周囲を特殊な繊維を螺旋状に編み込んで作ったパリスト独自の武器だ。魔力量が小さくてもこの武器を使えば、威力を何倍にも膨らますことができる。パリストは雷属性の魔法を魔装棍に流し込んで攻撃に備えた。
「それでは、行くぞ」
一瞬だった。サリュの身体はブレて姿を消した。パリストはサリュが一直線に自分の方へ向かってきていることに賭け、魔装棍棒を下から上に思いっ切り振り上げた。が、振り上げた魔装棍は途中で固い何かにぶつかって、振り切ることができなかった。
目の前にはサリュがいた。渾身の力で振り切ろうとした魔装棍は片手で止められていた。サリュは表情さえ変えていない。
「うおおおお!」
パリストは魔装棍をサリュに突き出したが。軽く跳ねのけられてしまった。その隙をついて一歩後方に下る。距離を取ったと思ったが、すぐにサリュが間合いを詰めてきた。
「遅い。お前のその魔法では私には勝てん。それに魔法とはこう使うものだ」
サリュが魔法を詠唱しながら向かってくる。その右手が真っ赤に染まっていく。パリストはその攻撃を魔装棍で受けようと身構えた。
「遅い」
サリュの右手がパリストの右腕を斬り落とした。パリストはそのまま前に倒れ込んだ。
「ぐっ」
「お前の力は惜しい。今壁になっている魔物たちでは太刀打ちはできないだろう。結界の隙をついて侵入させていた魔物程度では相手にならなかったのも頷ける。だが、今回は相手が悪かったな」
パリストは成す術もなくサリュの足にしがみついた。
「何だ? 最後の悪あがきか?」
パリストは必死だった。何とかしてサリュをここまでに押しとどめなければならない。街の中に入ってしまえばライカとルベルがサリュを相手しなければならない。どうすればそれが避けられるか必死で考えていた。
どうしてよりによって今日なのか。もう一日待ってくれれば、ライカは王都へ旅立っていた。ライカを選抜試験へ向かわせることができた。彼女の夢を叶える手助けができた。あの時、幼かったライカを拾った時。彼女はすべてに絶望した目をしていた。もうこの世には希望はないと。涙を流していたが声をあげていなかった。ただただ絶望して泣いていた。
彼女は国に保護された後、魔力の適性が高いことが分かって王都の騎士団訓練所へ送られた。数年してライカは帰ってきてくれた。そして『勇者になって世界を救いたい』と夢を語ってくれた。ライカの魔法の力は絶大だった。まだ若いせいか、詰めが甘いところがあるが、申し分なく勇者の選別試験に送り出せるだけの実力を持っていた。あと必要なのは実践経験だけだった。
パリストは自分が教えられるだけの実戦ノウハウをライカに教えた。教えて、経験させて、体得させた。そして十八になり、やっと送り出せる日を迎えるところだった。一度は世界に絶望した子供が夢を語る。そんな希望を持つ子供に未来を示したかった。そして、託したくなった。自分にもいたはずの幼い命。もう戻ってくることはない小さな命。同じように散っていった命とその親たち。彼らの苦悩の希望の光になって欲しかった。
そのためにも、こいつはここで食い止めなければならない。それは命に代えてもだ。
「ん? 何だ? この魔力の流れは……」
パリストは体を捩って、自分の下敷きになっている魔装棍を体の横まで引き出した。
「お前、何をするつもりだ?」
「お、俺の魔法は確かに大したことはない。この魔装棍を使ってもお前には通じなかった。だが、自然の力を使って増幅させたらどうだろうな?」
空が曇り始めた。その雲は周囲から集められ、高い力を蓄えている。
「ま、まさか。お前……は、離せ!」
「そうだ、雷に打たれて死ね」
サリュがこの場を離れようとするがパリストは残された左腕でサリュの足にしがみついた。パリストの脳裏には、ライカと過ごしたいくつもの日々が浮かんでいた。何気ない日常。だが、かけがえのない日常だった。
「よせっ、お前も……まさか死ぬ気か?」
サリュはパリストと一瞬目が合った、パリストは笑っていた。
「……ブリッツ・スピア」
その瞬間、空から一閃の光が走り、雷鳴が轟いた。と同時に周囲は凄まじい爆風に包まれた。




