雫、確信する
夕が注文をしている間、少し落ち着いて、改めて鶴見くんを眺めてみる。
パリッとした白いシャツに、黒いデニム生地のエプロンを着けた姿は、大人っぽさと家庭的な感じが両立しているようで、とても似合っている。何より、接客中は髪をあげて、さらにはコンタクトにしているようで、クラスにいる時とは随分印象が違う。
なんというか、私が一目惚れした要素がさらに強調されているようで、個人的にはどストライクだ。見ているだけで、心臓の音が高鳴る気さえする。
夕が注文を終えて、鶴見くんが奥に引っ込んだのを見計らって、口を開く。
「ゆーちゃん、鶴見くんマジイケメン」
「雫、なんか語彙力足りなくなってない?」
「自分の語彙力のなさが恨めしい・・・私のこの気持ちを表現できない」
「そんなオーバーな」
「いや、ゆーちゃんは毎日見てるからね、感じないのかも知んないけど。鶴見くんの落ち着きとか大人っぽさが引き立てられててさ、そのくせちょっとカジュアルなエプロンじゃん?ギャップがもうね、やばいね。その上笑顔とか卑怯すぎる」
「あなたは何と戦っているのよ・・・」
鶴見くんを絶賛する私を見ながら、ちょっと複雑そうな、モニョモニョした表情を浮かべる夕に、さっき気になったことを聞いてみることにする。
「・・・ねえ、ゆーちゃん」
「何よ、改まって」
「あのさ、学校の人をここに連れてこないって行ってたじゃん?恥ずかしいからって」
「ええ、そうね」
「本当に、それだけ?」
「そうよ?」
「ははっ、笑わせよる」
だって、そんなはずはないのだ。
あれだけイケメンの弟が、しっかり働いているのだ。もし、学校での評価云々という、夕の懸念事項を解決したければ、みんなを店に呼べば済む話なのだ。なんなら、すぐに話題になって、大人気になるまである。
先ほどのわずかなやりとりだけで、私はそれを半ば確信している。夕だってバカじゃない。そんなこと、とっくにわかっているはず。
で、あるならば。
「みんなに見せたら人気になりそうで、隠してたとか、ない?」
「・・・そっ!?」
「やっぱりブラコン・・・」
なんか喉に詰まったみたいな奇声をあげて顔色をぐるぐる変えている夕を見ながら、思う。こいつ、極まってんな、と。
自分であれだけ鶴見くんに世話になっておきながら、罪悪感がー、とか真面目に語っておきながら!
この女はこのかっこいい弟の素顔を独り占めしたいとかいうバカみたいな理由で、隠していたのだ。
鶴見くんに友達が少ないとか言いつつ、その原因を作ったのがこの女なら、それを解決できる手段がありながら放置しているのもこの女なのだ。
そのくせ、自分が悩んだり傷ついたりした時には鶴見くんにちゃっかりハグしてもらったりしているのだ。
「全部お前のせいやんけ!自作自演やんけ!名プロデューサーか!」
「だから私のせいだって言ってるじゃない!」
「照れながら逆ギレしないでよ・・・」
なんだろう・・・今日一日で、夕に対するイメージがどんどん崩れていく。私にとって夕は親友だけど、憧れだから!とか言っていた昼間の自分を殴りたい。
こんなのただの拗らせたブラコンじゃない・・・。
「こんなのただの拗らせたブラコンじゃない・・・」
「聞こえてるわよ」
「言い聞かせてやってんのよ。はー、なんかさ、そりゃ色々ご家族のこともあったんだろうけどさ、ゆーちゃん鶴見くん好きすぎでしょ」
「いいじゃない!弟なんだから!」
「いや、仲がいいのはいいんだけどさ。てゆうかさ、ゆーちゃんがそんな感じで矛盾したことばっかりやってるから、鶴見くんが学校で見立たないんじゃないの」
「う・・・それは・・・わかってるけど・・・」
「まあさー、複雑かも知んないしさ、ブラコン姉様には断腸の思いかも知んないけどさ、もっと彼の頑張りをゆーちゃんがアピールしなきゃいけないんじゃない?」
自分でも驚くほど、正論が口をついて出た。いや、それだけ夕が極まってたからなんだけれども。なんだかなあ、と、今だに悩ましげな夕を見ながら思う。
しかし、この時、私はまだ甘く見ていたのだ。
拗らせたブラコンの執念を。
この女は、ひとしきり唸った後、やけに座った目で、私にこう言ったのだ。
「要は、独占によるプレミア感なのよ」
と。
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