雫と朝陽、ツインズにて
「はい解散、また明日、遅刻すんなよ」
そういう宮原先生の号令で教室が一斉に動き出す。と言っても、まだ今日は部活が始まっておらず、なおかつ金曜日なので、全体的に動き出しは鈍い。新しい教室でみんな探り探りなところもあるのかも知れない。
そんななか、左隣の鶴見くんは静かに立ち上がり、夕に目配せをした後、黙って教室を後にする。
右隣の夕は、私と向かい合いながらも、軽く弟に微笑んで、意思の疎通を行う。
そんな手慣れた様子に、ちょっといたずら心が沸く。
「いや、もう姉弟ってか夫婦じゃん」
「な、何いうのよ、急に・・・」
「そのなに?なんも言わなくても通じ合う感じ?隠れて付き合ってるカップルかなんかよ。やりとりの情報量によっては言った通り夫婦レベルよ」
「何よ、情報量って・・・」
「情報量は情報量よ。ちなみに、今のやり取りはどういう?」
「えっと、なんか急に恥ずかしいわね・・・まあ朝陽がもう帰るし、すぐ店に立つから、夕飯の買い物は私がっていう確認、かな?」
「夫婦じゃん」
目の前でいちゃつきやがって、ケッ、と悪態をつくふりをしながら、私の中で夕さんブラコン説がより強固なものになっていく。
「で、ツインズ?お家、案内してくれるんでしょ?」
「そうね、ちょっとスーパー寄ってからだけど、行きましょうか」
「・・・この圧倒的若妻感よ・・・」
私のつぶやきに対する抗議の手をかわしながら、夕と一緒に教室を出た。
ーーーーー
スーパーを出て、高校から計っておよそ20分ほど歩いたところ。閑静な住宅街の一角に、カフェ&バー ツインズはあった。
アルプス麓の町にあるような木造建築を思わせる、可愛い洋風の建物で、入り口のテラスにはいくつもの花が植木鉢に飾られている。なんというか、おしゃれなデートスポットというか、隠れ家というか。昼はまだマシだろうが、少なくとも夜に高校生が遊びにくるにはちょっと敷居が高い感じ。
18時までは昼営業だから、緊張しなくてもいいのよ、という夕の言葉を聞きながら、じゃあ18時以降はドレスコードかなんかあるんですかね、という益体もない考えが浮かぶが、言っても仕方がないか、と思い直す。
涼やかなドアベルの音が店内に響く。
店内には、カウンターと、6組ほどのテーブルたち。それぞれの間隔が広く取られ、満席でも窮屈にはならないような、広々としたデザイン。
私たちと入れ違いに出て行ったご婦人たちで最後だったらしく、店にはお客さんはいなかった。
鶴見くんは、カウンターの奥にたち、お客さんのお皿を下げているところだった。
「朝陽、ただいま」
そう夕が声をかけると、彼は意外そうな顔で返事をした。
「あれ、夕、珍しいね、店の方に帰ってくるの」
「まあ、たまにはね。今日は部活もないし。ていうか、友達連れてきたの」
「トモ・・・ダチ・・・?」
「ぷふっ」
真面目な顔で、急に変な片言になった鶴見くんが可笑しくて、思わず吹き出してしまう。今日一日見ていた感じ、すごく大人しそうな感じだったのに、やっぱり家だと違うんだな、なんて。
「何よ、私、友達多いのよ、朝陽と違って」
「(・・・鶴見くんに友達が少ないのは、あなたのせいでは)」
なんだかよくない張り合い方を始めた夕に耳打ちをする。夕はちょっと言葉に詰まっていたけど、鶴見くんは全然気にするそぶりも見せず、苦笑いを浮かべながら返事をする。
「そりゃあそうだろうけどさ。初めてじゃん、夕が友達連れてくるの」
「え!?そうなの?」
驚いて声を出した私に、そうなんだよねー、と笑いながら鶴見くんが話しかけてくれる。
「なんかね、夕は秘密主義なところあるからさ。部活の打ち上げでうち使って売り上げに貢献してくれたって良いのに、頑なに呼ばないんだよね」
「だって、なんだか家でやるのって恥ずかしいじゃない」
「そんなもんかねー、僕はあんまり気にしないから、恭平とかしょっちゅうくるよ」
「朝陽はそうかもしれないけど。私にだって色々あるのよ」
なんだかちょっと慌てている夕を見て、ははーん、これは何か隠してますなあ、という気持ちになったものの、いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、夕を引っ張ってカウンターに座り、メニューを開く。
「ねえ、鶴見くん、オススメとかって、あるのかな」
「うちの人気はホットサンドなんだけど、このマスタードソースが自家製で結構推してるから、これとか良いんじゃないかな」
「へー、美味しそう。じゃあそれにしようかな。アイスコーヒーもお願いします」
お洒落なカフェレストランだけあって、2000円近くになってしまうけど、せっかく来たのだし、と思って飲み物も注文する。すると、鶴見くんは、夕にそっくりな笑顔を浮かべながら、
「かしこまりました。橘さんには、いつも夕がお世話になっているので、お代はサービスさせてくださいね」
なんて話しかけてくる。後でデザートも一品好きなの選んでくださいね、なんて付け加えながら。
さりげなく鶴見くんが私を認識してくれていたこと、それを伝えようとしてくれたことに気づいて、なんだか少し照れくさくなった。
お読みいただきありがとうございます。励みになりますので、ブックマークやコメント・ご指摘など、よろしくお願いします。感想などもいただけましたらぜひ参考にさせていただきます。