朝陽と夕(3)
夕は、ずっと抱えていたものをすごく悩んで、打ち明けてくれたんだと思う。
実のところ、夕は私にとって親友だけど、それ以上に憧れという気持ちも強い。全国区の選手なのに、それを鼻にかけずにハードワークをこなして、駅伝では私たちメンバーをいつも引っ張ってくれている。
そんな夕の、ちょっとしたコンプレックスの話は、なんだか夕も同い年の女の子なんだ、と安心させるに十分だった。まあ、家がレストランなのは知らなかったし、お父さんの大変な状況とか、すごくヘビーだなって感じたのも事実なんだけど。
そして、それ以上に。真摯に頭を下げる夕に対して、私にはどうしても伝えたいことがあった。
「改めてなんだけどさ・・・鶴見くん、イケメンすぎない?」
「え、今の話聞いて反応それなの?」
「いや、そうでしょ!部活ばっかりやってる姉の生活も全部引き受けて、仕事もして、成績も完璧で・・・で、その原動力が病気のお父さんの帰ってくる場所を守るためでしょ?ヤバイよ、イケメンすぎる」
「ま、まあ、そう改めて言われるとそうよね・・・」
「で、ゆーちゃんの弟ってことは、顔も結構カッコいいんでしょ?背も高かったし・・・超優良物件じゃん」
「優良物件て、あんたねえ・・・まあ、姉の私がいうのもアレだけど、結構顔は整ってるんじゃない?あの長髪はなんとかした方がいいと思うけど・・・たまに告白もされてるし、モテるんじゃない?」
「そうだよね、そうだよね?いやー、でもそっかー、あの大人っぽい感じはそういうことなんだねー。ていうかさ、鶴見くんに励ましてもらったりとかのくだり、必要だった?惚気じゃん」
そんな感じで盛り上がる私に、ちょっと弛緩した空気を感じたのか、夕は驚いたように目を瞬き、何も言わずに、止まっていた昼食を再開する。
結構重い話だったのは事実で、それはそれで驚いたけど、それ以上に私の頭の中には「こいつら仲良すぎか」という気持ちの方が強く生まれてしまっていた。
「おいブラコン姉」
「ぶ、ブラコン!?そんなんじゃないわよ!」
「いや、そんだけイチャイチャしてて何言ってんのよ。ゆーちゃん、鶴見くん好きすぎでしょ・・・てゆーかそんだけ中身イケメンな弟くんがいたらそりゃあ彼氏作りませんわ」
「いや、朝陽はそんなんじゃ・・・」
「いやもう隠さなくていいって。うちの学校には鶴見くんに勝てる男はいないわ、そりゃ。なんかもう学校での周囲の評価が低いのもむしろプラスな気さえしてくるわ」
「どういうことよ・・・結構真剣に悩んでるのに」
そういってジト目を向けてくる夕を見て、ちょっとやりすぎたか、と反省をしていると、今度は反撃されてしまう。
「でもアレね、雫がそんなに男の子に興味示すなんて珍しいわね」
「えっ」
「いや、ほらいっつもだったら、そんな余裕ないからー、とかではぐらかすじゃない」
「い、いや、まあね?男の子っていうか、ゆーちゃんの弟だし?」
「同学年の男だけどね」
「まあ、えーっと、ちょっとね、いいかなって」
まあ結局、さっきあれだけ夕に絡んだのも、根掘り葉掘り聞いたのも、そういうことなのだ。夕に似た優しい目と、柔らかい笑みに、心地のいい声。ちょっと、初めてのことだけど、一目惚れ、かもしれない。
「あー、まじかあ・・・雫、本気なの」
「あ、いや、本気っていうか、一目惚れっていうか・・・」
「ガチのやつじゃん」
この子、私のこと心配するふりして情報集めてたのかしら、という夕の呟きを聞きながら、あ、ちょっとまずいな、と思う。まあ、そう言った下心がなかったとは言えないが・・・
「そ、そんなことないよ!それに、そんなからかわないで!」
「からかってないわよ。まあ、雫ならお姉ちゃん的には安心だから」
「公認!?」
いきなりの夕の発言に、どぎまぎする私に、夕はちょっと呆れたように笑いながら続ける。
「でもね、正直なところ、朝陽は大変よ?まあ話した通り半分くらい私のせいなんだけど・・・毎日忙しいし、まあ家の方も安定してるとは言えないしね」
そう言って心配そうにこっちを伺う夕。
まあ、そうだよね。これまでの話を聞いていると、みんなに姉弟だということを言わなかったのは、弟さんのことを気遣ってのことみたいだ。実際は助け合うすごく仲のいい姉弟なんだということが伝わってくる。
それに、忙しい身だというのは確かだろうし、これまで何人かおつきあいをお断りしている様子からも、本人にそういう気があるのかも怪しい。
でも、一目惚れして、気になっているのは事実。何よりも、さっきの話を聞いて、とても素敵な男の子なんだということがわかって、もっと知りたいと思うようになった。
「あのね、ゆーちゃん。確かに、鶴見くんは忙しいだろうし、私も将来のこととか考えてないし、変な話、何にもわからない状態なんだけどね。でも、話を聞いてて、鶴見くんのことをもっと知りたいって思ったの。それこそ、鶴見くんが背負ってるものとか、頑張ってる理由とか、そういうのを今すぐ支えられるとは思わないけど、まずは知りたいの。そういうのって、ダメかな」
「だめ、じゃないわ。ううん、むしろ、嬉しい。朝陽には、ずっと苦労してもらってるから、そうやってしっかり向き合ってくれる子がいるなら、いいことだと思う。正直なところ、私の罪滅ぼしに利用しちゃう感じで申し訳ないんだけど、雫さえ良かったら、朝陽と仲良くしてあげて」
「ゆーちゃん・・・!ありがとう!」
そうして、快く同意してくれた夕に向かって、私は、ちょっと恥ずかしいお願いをする。多分、私の顔は真っ赤になっているだろう。
「・・・というわけで、ブラコン姉さん、弟さんを紹介してください!」
「・・・それ、私が本当にブラコンだったら絶対ダメなやつじゃない。ていうか、隣の席なんだから、自分から話しかけなさいよ」
「それができたら今までに彼氏できてますー、彼氏居ない歴=年齢舐めんな」
「なんで開き直るのよ」
「頼むよー、お義姉ちゃーん」
「うるさい、わかったわよ。まあ、今日はもう後1時間で終わりだから、放課後、うちくる?部活もないし、喫茶店の方にくれば、朝陽に紹介できるわよ」
「本当に?ありがとう!」
実は、夕の家に行くのは初めてだ。レストラン、どこなんだろう?近いのかな?
でも、実の姉の紹介で男の子の家に会いに行くって・・・職場だっていうのはわかっているけど、あ、緊張してきた・・・。
「じゃあ、もう授業始まっちゃうから、戻るわよ。授業後、朝陽はすぐ出てっちゃうと思うから、私たちもすぐ行きましょっか」
「・・・お、お手柔らかにお願いします」
なに緊張してるのよ、と笑う夕の顔は、さっきまでの辛そうな表情はなく、楽しそうだった。話してくれて、良かったな、と改めて思ったのだった。
そして、私たちが関わっていくことで、少しでも夕の心配が解消されたら、とも。
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