体育祭(3)
『・・・2年生男子ハーフマラソン、いま号砲です!・・・まず先行するのは、陸上部の3名ですね、それぞれ長距離の選手です。特に、8組の海老原くんは県大会出場が有力視されています』
私とゆーちゃんは、女子駅伝の4−5区中継地点で学内ラジオ放送を聞いていた。ハーフマラソンも、同じコースを使う女子駅伝も、何しろ1時間を超える長丁場の上、一般の大会のようにカメラが入るわけではない。なので、学校のミニバンに乗った陸上部顧問と、放送部員がラジオを使って放送している。
一応、各ポイントでの定点情報も入ってくるようにはなっており、特に女子駅伝は各中継地点の様子が陸上競技場のスクリーンを始め学内のモニターに転送されている。それでも、学年全員が選手を見ることができるのは、ラスト400メートルの陸上競技場に帰ってきたところだけである。
私たちのレースは、男子の最終走者がゴールしてすぐ号砲のため、ゆーちゃんのスタート地点で二人して待機しているというわけだ。もう少ししたら、私は5−6区中継地点に行って準備を始めないといけない。
「・・・鶴見くん、大丈夫かな」
直接見ることができない想い人のことを呟けば、ゆーちゃんは少し複雑そうな顔をした。
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朝陽と喧嘩した。というか、私が弟の話を聞かずに部屋に戻ってしまったのがいけないのだけど・・・。
アメリカに行くという、すぐには会えない距離に行こうとしている弟のことを思うと、「なんで」という答えのない疑問ばかりが湧いてきてしまい、あれ以来しっかり話すことすらできていない。
それでも、今朝の彼は。
「ちょっと大量にポイント稼いでくる」
なんておどけて見せて。私に気を使ってくれているのがわかる分だけ、申し訳なくなる。それでも、彼のどこか自信に満ちた表情は、中学のレース以来見ていなかったもので。
「期待してるわ、頑張ってね」
なんとか、そんな応援の言葉だけは絞り出すことができた。
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『・・・さて、レースの方は最初の3キロを過ぎたところです。こちら放送部の大橋です。先頭集団に並走するラジオ車からお送りしています。中断二番手グループ以降は、陸上部顧問の土屋先生にお願いしています』
『まず先頭集団ですが、8組の海老原くん、1組の野田くん、9組の高橋くんが引っ張っています。』
『レースが進むごとに、この集団から離れていく選手が多くなり、徐々に先頭集団が絞られていくわけですが・・・意外性のあるメンバーとして、3組から3選手が入っています!!』
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俺たち不良3人が、この先頭集団に食らいついていることに、どれだけの人間が意外性を感じ、期待しているだろうか。
レースは5キロ付近に差しかかろうとしており、先頭集団のペースも落ち着いてきた。前にいるのは、陸上部の3人だけ。後ろは、もう200メートル近く離れているだろうか。
早くも息が上がってきたが、そんな俺の頭に、鶴見から言われた言葉が響く。
『飯島さ、正直なところ。お前たちがスタートで先頭に食らいついていったって、誰も本気でお前たちが勝つなんて思わない。誰も期待しない』
『でも、そこに勝機がある』
『お前たち3人は、スプリント賞を狙ってくれ。10.5キロを全力で走ったら、あとは歩いたっていい。完走さえすればポイントは入るから』
鶴見曰く、鉄砲玉。
でも、悪い気分じゃねえ。俺たちが戦力になるには、これくらいしかないのも事実。むしろ、その機会を与えてくれた鶴見に感謝したい。
『多分、他のクラスはこのレースを個人競技だと思ってる。でも、うちはチームで勝ちに行くぞ』
『陸上部の3人だって、これだけ長い距離のレースを走った経験はないはずだ。だから、お前たちにつられて力を無駄使いしてもらえば、後半の俺たちが随分楽になる』
きつい作戦だが、気に入った。何より、あいつが俺たちのポイントだけじゃなく、前半を撹乱することが最終的な勝利につながると断言してくれたことが嬉しかった。
・・・チームプレー、なんて柄じゃねえんだけどな。
5.5キロ地点となる、緑地公園に差し掛かる。俺は、横の瀬下と向井に目配せをして、足に一層の力を込める。
「ここだっ!行くぞ!」
「「おう!」」
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『先頭で動きがありました!先頭を走っていた陸上部の3選手のペースが落ち着いた間隙をついて、3組の飯島・瀬下・向井くんの3選手が前に出ます』
『・・・後続のと差が見る間に広がります。10メートル、20メートル・・・いえ、ここで陸上部の3名も再びペースアップしました!距離は詰まりませんが、それでも維持したまま公園を抜けていきます』
『少しずつ先頭の飯島くんが苦しくなってきたか。距離が詰まり、このアタックは失敗に終わり・・・ません!飯島くんが瀬下くんと先頭を交代し、ペースを維持していきます!飯島くんは三番手に下がりますが、向井くんの後ろで一息つけそうです・・・ああ!ここで瀬下くんも後ろに下がり、向井くんが先頭を引き継ぎます!ペースを落とさず、陸上部を振り切りにかかります!』
私とゆーちゃんは、ラジオから流れる実況が、にわかに信じられなかった。
飯島くん達といえば、ちょっと不良っぽい感じで、こんな「クラスのため」みたいな行事に全力を出すタイプじゃない。
最初、先頭についていった時は、勝手なことをして、なんて思った。
でも。
私だって長距離を走るからわかる。
「これ、・・・スプリント賞、狙い、だよね」
「朝陽の作戦でしょうね。どうやってあの3人を説得したのかは謎だけど」
「てゆーか、多分3人ともめっちゃきついよね」
「ここからは我慢比べでしょ。まあ、不良なんだし根性はあるんじゃない?」
「・・・またそんなこと言って」
ゆーちゃんは、ちょっと素直じゃないけど、彼女だってわかってるはず。その証拠に、その表情はちょっと嬉しそうに綻んでいる。
もうここからは、何があってもペースダウンできないチキンレース。まだ中間地点まで残り4キロ。
思わず、つぶやきが漏れる。
「頑張れ。3人とも、頑張れ・・・!」
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『・・・大橋さん、こちら後続の土屋です。これは、3組が勝負をかけてきていますね』
『土屋先生、それは、どういうことでしょうか?ちょっと飛ばしすぎのような気もしますが』
『これは完全にスプリント賞狙いですね。陸上部の3人は、それぞれのクラスのエースなので、21キロのレースを組み立てています。それに対して、この3人は半分の距離でレースを考えているんですね』
『・・・なるほど。つまり、単純な走力でのディスアドバンテージを、想定距離を半分とすることで埋めていこうというわけですね』
『その通りです。陸上部のメンバーは、最終的な順位の方が大切ですから、その安全マージンが切れるのが先か、こちらの体力が切れるのが先か、という勝負ですね』
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きつい。
苦しい。
呼吸が浅くなった。
肩も重いし、何より先頭交代のタイミングがどんどん早くなっている。
俺だけじゃない。瀬下も、向井も、もう限界が近い。
それでも、陸上部は後方50メートルくらいのところにぴったりとついて、離れない。
鶴見のやつ、「お前ら根性あるだろ、よゆーよゆー」なんて軽く言いやがって。
・・・陸上って、めちゃくちゃキツイじゃねえか。
ああ、ダメだ、ペースが落ちてきた。
先頭交代って、どうすんだっけ・・・ああそうだ。横にずれねえと、瀬下が先頭に出られねえ。
疲労が蓄積した足が思うように回らなくなり、朦朧とした頭で先頭を交代しようとして、曲がり角を曲がったその時。
「飯島くーん!頑張れー!あと2キロ!もうちょっとだよ!」
「気合入ってんじゃん!先頭お疲れ!ほら、給水!たくさんあるから、水被っちゃっていいよ!」
「瀬下くん、先頭交代!後ろ来てるから、水は奥のテーブルから!」
「3人とも、いいレースしてるよ!!」
「向井くんも給水!交代に備えて!」
これまで一言も交わしてこなかったクラスの女子達からの声援が俺たちを迎えた。
ここまでの給水所は無人だったが、この8.2キロ地点は女子の2−3区中継地点と重なるから、応援に来たメンツもいたのだろう。
・・・そうだった。柄にもなく、クラスのため、なんて思ったんじゃねえか。普段の態度が悪いから、誰にも感謝なんかされなくたって、1点でも稼いで、播磨に一言皮肉でも言ってやろうって決めてたんじゃねえか。
なのに。
なんで。
クラスメイトの声援が、こんなにも嬉しいんだ。
胸を締め付けるような、身体中の体温が一気に上昇したような。そんな圧迫感とも、高揚感ともつかない感情が俺の体を支配する。
・・・結局のところ、斜に構えてクラスの奴らから距離を置いておきながら。心のどこかで、その一員でありたいと願っていたってことか。
受け取った水を頭からかぶり、少し冷静になった頭で、慌てて周囲を見渡せば、声援を送るクラスメートの他にも、他クラスの奴らも大きな拍手を送ってくれている。
そうすると、現金なもので、さっきまでの弱気はどこかへ飛んで行ってしまっていて。
俺たちが無様に足掻いていることも、無意味じゃない。
それに声援を、拍手を送ってくれる奴らがいる。
たったそれだけのことで、疲れ切った両足に、少し力が戻ってくる気さえしてきた。
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