スタートライン
「83、84、85・・・1、2」
鶴見くんのカウントが響く。ゆーちゃんと私がトラックを周回する。
女子駅伝は、男子が走るハーフマラソンコースを分担して走るというもの。ゆーちゃんは5区で5000メートル、私が6区で3200メートルと、通常のレースより長い距離を走る。また、陸上部の試合も三週間後に迫っているため、クラスで勝つということはもちろんだけど、本来の地区大会を勝ち抜くためには、変なダメージを残すわけにも行かないので、自主練と言いつつも、鶴見くんにペース管理してもらいながらの安全なメニューにしている。
「ラスト一周、ペース5秒アップで!」
鶴見くんの掛け声で、少しだけペースを上げる。
実際のレースと比べるとゆったりしたペースだけど、こういう最後の距離でペースを上げる、という意識を頭と体に叩き込んでおくのは最終調整としては十分。
「・・・はい、フィニッシュ、お疲れ様!」
フィニッシュラインで鶴見くんからスポーツドリンクを受け取り、ゆっくりと一周歩きながら飲む。
想定タイムで20秒くらい早くゴールしていたゆーちゃんに追いつき、息を整えながら話しかける。
「ゆーちゃんお疲れ、明後日のレースはどんな感じ?」
「・・・まあ、悪くはないわね。5区はちょっと長いのがネックだけど、まあ学内のレースだし。大丈夫なんじゃない」
「そうだよねえ・・・。私は多分、3組の莉子ちゃんがアンカーだろうから、お互いどこまで頑張るか、って感じかなあ」
莉子ちゃんは、同じ駅伝部のメンバーで、トラック種目も1500メートルと同じなので、よく一緒に練習をする仲だ。持ちタイム的には私の方が数秒早いけど、当日の調子次第では区間賞はちょっと怪しいかもしれない。
「でも、なんか変な感じよね、クラスで夏に駅伝なんて」
「死んじゃうよねー。駅伝なら冬にやってほしい・・・」
「本当にね・・・」
本当に、なんで夏にやるんだろう・・・。私たちはまだいいけど、ハーフを走る鶴見くんたちなんて、熱中症で倒れちゃうんじゃないだろうか。
そんな雑談をしていると、トラックを一周してしまい、片付けを始めていた鶴見くんと合流する。
「鶴見くん、ありがとうね、練習付き合ってくれて」
「いいよ、雫さん。もともと今日はシフト休みだったしね」
「まあでも、正直朝陽が来てくれて良かったわ。ペース管理も、ドリンクとかタオルとかも自分でやると大変だしね」
「ほんとにありがとうね!」
「どういたしまして。ほら、体冷えちゃうから、更衣室行ってきたら?僕は使った掲示板を返却してきちゃうから」
そういってテキパキと片付けを続ける鶴見くんにもう一度お礼を言って、私たちは体育館脇の女子更衣室に引き上げる。
うちの高校はスポーツが強いこともあって、この更衣室は体育館のトレーニング施設とつながっていて、シャワールームも使えるようになっている。
脱衣場に入ると、同じように自主練を終えたらしい涼子ちゃんがちょうどシャワーから出てきたところだった。
「おー、夕も雫も練習?お疲れー」
「涼子ちゃんもお疲れ!」
「私たちもサッとシャワー浴びちゃいましょうか」
「それがいいんじゃない?あたしは扇風機でダラダラしてるわ」
そう言ってベンチにタオルを引いて、ペタンと寝そべる涼子ちゃんを尻目に、私たちも別々のシャワー室に入った。
ーーーーー
私がシャワーから出てくると、ゆーちゃんはもう鶴見くんの方に戻った後のようで、涼子ちゃんだけが残っていた。どこから出したのか、今度はアイスを食べている。
「・・・それ、涼子ちゃん体冷えない?」
「本当はダメなんだけどさー、なんとなくねー」
いつになく脱力した感じの涼子ちゃんを見て、少し珍しく思う。
「・・・どうしたの?涼子ちゃん」
「あのさ、雫。今言っていいのかわかんないんだけど・・・」
「・・・?」
「あたし、この間、朝陽くんに告白しちゃったんだよね」
ーーーーー
「・・・え?」
あたしの突然の告白を聞いた雫は、ぽかんとした表情を浮かべていた。
そして、その表情は次第に曇ったものへと変わっていく。
「どうして、涼子ちゃんは、それを私に言うの・・・?」
彼女の表情は、今にも泣き出しそうなものへと。不意打ちをすることになってしまったことを少し後悔する。
でも、なんだか今が一番いいタイミングだと思ったから、夕にはお願いして先に帰ってもらってまでこうして話しをしたかった。
「ひょっとして、涼子ちゃん、今、鶴見くんと付き合ってるの?」
「ううん、返事はもらわなかった」
そして、私は雫に伝えた。朝陽くんが進路に悩んでいること。そして、美織さんのことも。
「・・・え、ん?ちょっと待って、情報量が多い・・・アメリカに行って?4回告白されてて?え、なにキープしてんの?」
「いや、キープってわけじゃないみたいなんだけど・・・」
いや、ほんとうに。その疑問はもっともだと思う。あたしがなんで朝陽くんのことをかばうみたいに説明してしまっているのだろう・・・。
「・・・あかん、私の中の鶴見くん像と一致しない。え、彼ちょっと女たらしすぎない」
「・・・あたしもそれはちょっと思った」
「だよね、なんか、ちょっと面と向かって言うのは躊躇われるけど・・・」
「いや、あたしは女の敵ってハッキリ言っといたわよ」
「あ、涼子ちゃん言ったんだね・・・でも、それでも好きなんだ?」
・・・それでも、好き。別に、朝陽くんが本当に女の子を侍らせて遊ぶ趣味があるわけじゃないってわかってるし、きっと、優しくしようとして優柔不断になってしまっただけ。あたしのタイミングも悪かった訳だし。
結果としてのこの状況に思うことがないわけではないけど、この恋がそれで醒めるなんてことはない。
「んー、ちょっともにょる状況だけど・・・まあ、鶴見くん中途半端なことできなさそうだもんなあ・・・その結果すっごく中途半端になってるけど」
ちょっと辛辣なことを言いつつも、雫の表情にも、彼への好意が滲み出ていて。
あたしが、わざわざこの話を彼女に伝えたのは。
「それでさ、雫。あんたも告白しときなよ」
「んえ!?なに急に!」
「いや、あたしも確認したけど、あんたの気持ちバレてるわよ」
「なん、ですと・・・」
「でもこんな状況だから、彼たぶん、雫からハッキリ言われなかったらなかったことにするわよ」
「・・・わかる気がする」
「あたしもライバル増やしたいわけじゃないし、雫がしないって言うならいいんだけどね。でも、ただでさえ美織さんって言う強敵がいるんだから、列に並ぶくらいしとかないと」
「そう、だよね・・・」
迷ったのは、一瞬。
「・・・告白、する。この体育祭で。私だけスタートラインに立たないで終わるなんて、絶対に嫌」
・・・恋敵とはいえ、この子のこういうところは、素直に好感が持てる。
私は、空になったアイスの容器をゴミ箱に放ると、荷物を持って立ち上がる。
「じゃ、話も終わったし帰りましょ」
「うん・・・涼子ちゃん、話してくれてありがとうね」
「お互い、頑張りましょうね」
「・・・うん!」
明日1日の設営日を挟んで、いよいよ体育祭。あたしたちにとっては、朝陽くんのカンニング疑惑で騒ぐ大垣周辺を黙らせるため、打倒3組という大一番。そこに、告白というイベントが、雫の方には加わったわけだけど。
「ねえ涼子ちゃん。そういえば、この話、ゆーちゃん知ってるの?」
「話してなかったみたいだけど、きっと今頃一緒に帰りながら、ちゃんと話してるんじゃない?」
「・・・ゆーちゃん荒れそうだねえ・・・」
「まあねえ・・・ことがことだし。留学の方は寂しさ優先で荒れるでしょうし、美織さんのことは、女の子的にもちょっとね」
「まあ、当人同士の問題だから、鶴見くんと美織さんがそれでいいならいいんだと思うんだけど・・・」
「夕はお姉さんぶりたがるから、揉めるでしょうね・・・」
なんとなく、一筋縄で行かなそうな未来に、あたしたちは揃ってため息をつく。
その夜。
『朝陽がグレた!!』
完全に取り乱し、朝陽くんにも随分と当り散らした上で感情の制御ができなくなった夕から、あたしと雫にグループ通話がかかってきた。
案の定というかなんというか・・・。
夕を落ち着かせていたら、結局夜中2時過ぎになってしまった。
体育祭は二日後とはいえ、直前にこの話題はマズかったかしら、と今更ながらに後悔したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
少しずつ人間関係がごちゃごちゃしてきましたが、次回からようやく体育祭です。ちなみに、播磨くんと文香ちゃんの出番は基本的にありません。
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