とある不良たちの決意
正直、体育祭なんてだるいだけだった。向井や瀬下とバカやってる方が楽しいし、そんなもんに熱くなる意味もわかんねえ。
この高校だって、俺と向井は運よく付属中から上がれただけで、勉強は大してできねえ。瀬下だけは外部入学だけど、それだって、地元優遇枠で入ったらしく、ずば抜けて頭がいいわけじゃねえ。
運動は、喧嘩で多少は動けるようになったが、体力があるわけじゃねえから、卓球とかでお茶を濁そうかと思っていた。
なのに、なんで。
「じゃあ、瀬下と向井、あと飯島は僕らと一緒にハーフマラソンな」
やってられるか!
この鶴見ってやつは、気に食わねえ。まあ男前じゃああるが、なんでも完璧にこなせちまうようなその感じが気に食わねえ。
俺たちは、落ちこぼれてこんな風になっちまってるっていうのに、こういうやつはすぐに「頑張ればなんとかなる」なんてことを平気で言いやがるんだ。
今だって、事前練習の計画をにこやかに立ててやがる。
「・・・!やってられるか!いいか、レースには出てやるが、それだけだ。練習なんか、するつもりもねえ。向井、瀬下。行こうぜ」
そういって席を立つと、向井はすぐに、瀬下はちょっと鶴見と言葉を交わしてこっちについてきた。
周囲は、驚いたように俺たちを遠巻きに見ている。委員長の播磨や、実行委員の崔って女もだ。
あいつらが偉そうに星勘定していたのは知ってる。だが、どう考えたって俺たちの力なんか計算に入れてねえのは明らかだ。
胸糞悪い。
ーーーーー
廊下に出ると、後ろから瀬下が追いかけてくる。
「おい、飯島、ありゃまずいって」
「うるせえな。お前らも聞いたろ、あの星勘定。俺たちゃ最初っから員数外だ。誰も気にしちゃあねえよ」
「・・・いや、鶴見は気にすると思う」
「は?なんであいつが気にすんだよ」
「それは・・・」
いいよどむ瀬下を見て、イライラが募ってくる。なんで、あいつの肩を持つのか。そうした時に、ああ、こいつは鶴見と同じ中学だったな、と思い出す。
俺より先にその結論に達したらしい向井が、口を開く。
「なんだ、なんか知ってんのか」
「・・・ああ。お前ら、鶴見に話さねえって約束してくれるか」
「・・・当たり前だ」
思えば、こういう義理堅いところが、高校からの付き合いとはいえ、瀬下とつるんでしまう理由なのだと思う。
そして瀬下から語られた鶴見朝陽という男の話は、俺たちが普段のあいつから想像する姿とは、似ても似つかないものだった。
ーーーーー
「鶴見はさ、中学時代、まあクラスの中心的な存在でさ。俺も結構話したんだ。で、あいつ陸上やっててさ」
「そうか、まあ、姉があんだけ有名なんだし、まあそういうこともあるか」
「そ。でも、そんなに才能なかったらしくって、全国までは出れなかった」
でも、あいつほど練習するやつ見たことねえよ。
そう続いた瀬下の言葉は、にわかには信じられなくて。
「・・・あいつ、なんでも簡単にやってる感じだけどな」
「いや、あいつさ。姉貴に負けるのが悔しくて、あんまり周りには言ってなかったみたいだけどさ。朝早くに来て走って、夜遅くまで独自の練習して。俺結構仲よかったから、大会とかも見に言ったことあんだけどさ。すげえんだ、もう闘志むき出しにして、競り合って」
単純な速さでは、ギリギリ県大会に出られるか、というレベルでしかなかった鶴見が、猛練習で最後は上位入賞までできるレベルになったこと。それも、徹底的な自己管理と、冷静な作戦と、それを実行する勇気に裏付けられていたこと。
それでも、全国の壁は厚く、結局、あと1秒と少しというところで、その切符を逃して、競技場の隅で声をあげて泣いていたこと。
「・・・あいつさ、多分、すげえ陸上好きなんだよ。自分より活躍してる姉貴の存在があるから、言わないだけで。そんなやつが、俺らを使い捨てとか、数合わせのために選ぶとは思えないんだ。だから、何も言わないで、最初の練習だけでも、出てくれねえか」
そう言って頭を下げる瀬下を見て、俺と向井は顔を見合わせる。
俺と向井の胸中はきっと似たようなものだったろう。
あまりに現実感がない話で、ちょっと驚いたが。
この話が、本当だとしたら。
俺たちは、周囲への劣等感の裏返しで、こんなに突っ張って生活している。その自覚がある。でもどうだ。劣等感の元凶みたいな相手が、血を分けた姉で、何より好きな競技のスターで。おまけに自分にはその才能がなかったとしたら。
どんなに苦しい三年間だっただろうか。
努力しても、努力しても差は開くばかりで、それでも走り続けて。最後には、やっぱり届かなくて。
それで諦めた競技に、その姉に言われて体育祭のためとはいえ、引き戻されて。
あんなに穏やかに、そして真摯に取り組めるだろうか。
明らかに面倒臭い、俺たち不良をわざわざ仲間に入れようと、心を砕くだろうか。
俺には、到底できない。
俺には、そんな男の行動を、否定することなんて、できない。
「・・・わかった、一度だけだぞ」
そう言った俺たちの声はきっと、感動で震えていて。
「まあ、鶴見のそばには常にバスケ美少女がいたわけだが・・・」という瀬下のつぶやきは、俺たちには届いていなかった。
ーーーーー
「おう!3人とも、来てくれたのか」
翌日の放課後。体育祭まで日数がないので、今から練習したところで、と思わなくもないが、約束は約束なので顔を出した俺たちに、鶴見は嬉しそうに破顔する。
「んだよ、瀬下のやつが土下座して頼むからよ」
「いや!そこまではしてねえだろうよ」
「・・・ははは、瀬下、ありがとな」
まあでも、と続ける鶴見。
「ぶっちゃけ、今から練習してもさ、お前らが急にハーフマラソンの距離を早く走れるとは思わないんだ」
「だろうな」
「だから、ここで作戦を伝えます」
「作戦?」
「3人には、エースたる野島のために、クラスのために、鉄砲玉になってもらいます」
随分あんまりな言い草に、視界の隅で「言い方・・・」と頭を抱える瀬下を睨む。
でも、ぐっとこらえて話を聞いてみれば、なるほど、と思う。
おもしれえ。これなら、俺たちもクラスの「戦力」になれるかもしれねえ。何よりいいのは、こいつは自分が一番きつい役回りを進んで引き受けようとしていることだった。
陸上のレースを走ることに、誰より思うところがあるだろうに、至極当然のように。
この作戦を聞いて、俺たち3人は、一気にこの鶴見朝陽という男が好きになっていた。
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