それぞれの一歩(崔涼子)
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「ありがとな、美織。元気でたよ」
僕はそういって電話を切った。時刻は既に午前3時を回っていた。美織に1時間以上も付き合ってもらっていた事になる。
これは後日何かお礼をしないとな、と考えながら何気なく廊下へと続くドアを見やると、そこには寝間着姿で気まずそうな涼子の姿があった。
「・・・ごめん、朝陽くん。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、ちょっと、喉が渇いて」
「あ、そっか。ごめんね。えーっと、麦茶くらいしかないけど」
「ん、ありがとう」
「コップここだから。使ったやつは流しに置いといて、僕が明日の朝やっとくから」
良いわよ、そんなの自分で洗うから、という彼女の表情はどこか元気がなさそうで。
「・・・ねえ涼子さん、ひょっとして、聞いてた?」
「ごめん」
「どこから?」
「・・・留学するってところから」
ほとんど話を聞かれていたようだ。と、いうか。
「・・・ずっとそこに立ってたの?寒くなかった?いや、気づかなかった僕が今更いうのもあれなんだけど」
「寒かったけど、なんか動くに動けなくって」
「まあ、そうか。そうだよね、ごめんね。あ、麦茶やめて紅茶にする?あったまるし。デカフェのやつ淹れるよ」
流石に申し訳なくなって、そう勧めると、涼子は素直に椅子に腰掛けた。
「・・・」
しばらく、場を沈黙が支配する。まあ、僕としてもどう切り出して良いのかわからない。留学の件もそうだし、美織の件も。人に好意を向けられる経験が少ないわけではないから、涼子が美織のことを気にしているだろうことはわかる。
そして、それを問いただせるほど、自分たちの関係が近くないこともわかっているだろう。
こういう時は、僕の方から歩み寄るべきなのだろうか。
それは、生憎と僕にはわからない問題だった。
「ほら、ミルクティーにしちゃったけど、良い?」
「ありがとう・・・ああ、あったまる」
「そら、1時間も廊下に立ってればね・・・。ほら、ブランケットあるから使いなよ」
毛布にくるまり、マグカップを両手で抱えて飲む涼子を見ながら、どこから話したものか思案する。
しかし、すぐにそれは無駄なことだとも思う。あれだけ話を聞かれた以上、結局全てを話すしかないのだろう。少なくとも、彼女の目はそう訴えている。
涼子に対して誠実であろうとするなら、それが当然だとも、僕の心も頷いている。
ーーーーー
あたしは、朝陽くんの入れてくれたミルクティーを飲みながら、どこから話を聞いたものか、悩んでいた。
留学のこともそう。そもそも、今電話をしていた女の子のこともそう。
あたしは、朝陽くんのことが気になっているけど、まだ何も知らない。もっと、知りたい。
彼の迷惑になりたくはないけど、彼も話すこと自体を拒否している感じではない。
それなら。
話しづらいことは、聞く側から切り出すのがせめてもの役割だと思った。
「・・・ねえ、アメリカ、行くの?」
ーーーーー
「意外と、直球で聞いてきたね、涼子さん」
「いや、結構話聞いちゃったし。で、そうなの?」
「うん。高校卒業したら・・・まあ、向こうの学期が始まるのが秋だから、少ししたら、って感じになると思うけど。成績的には、頑張ればなんとかなるだろうし」
「・・・そっかあ。なんか、すごいね」
「どうだろうね。僕は、この店が好きだけど、どうやったらこの店を守れるか、僕にはわからないから」
それは、僕の素直な気持ち。決して、アメリカに行ったから、なんとかなるなんて思っていない。でも、結局何かをしないといけないなら。僕はそのためのリターンが大きそうなところを選ぶ。
それだけのこと。
それだけの、こと、なのに。
「なんだが、どんどん遠くなっちゃうね」
・・・なんで、彼女は泣いているのだろう。
僕がこれまで知っていた彼女は、溌剌としていて、でも友達にはどこか蓮っ葉で、それでいて情に熱い女の子だった。それなのに、今は、自分の中にある気持ちに押しつぶされるように、震えて、涙を流している。
思わず。
僕は彼女を抱きしめていた。
ーーーーー
彼に抱きしめられる驚きよりも、安心感が優って。私は、思いの丈を口にしていた。
高校に入ってから、ずっと彼を見ていたこと。
何かできることがあるのではと思って、クラスに溶け込んで欲しいと思って、橋渡しをしていたこと。
彼は、もっと先に行こうとしているのに、何かを「してあげた」気になって、良い気になっていたこと。
自分の中の、どろどろしたこの気持ちも、全部、全部。
「・・・朝陽くん、あたしね。あなたのことが、好き。あなたが、どんどん遠くに行ってしまうってわかっていても。どうしようもなく、好き」
抱きしめられているのを良いことに、彼の耳元で囁く。
なぜだかわからない。男の子の家で、真夜中で。こんな非日常的な空気がそうさせたのか。あたしにとって、初めてこんなに好きになった、恋。
その告白は、もっと綺麗にしたかったのに。
泣きながら、彼に縋り付くように。
ああ、かっこ悪い。
「・・・うん、ありがとう。多分だけど、僕も涼子さんが好いてくれているのは、わかってた、と思う」
・・・本当にかっこ悪い。
全部知られてしまっていて、それでも自分を抑えることはできなくて。
彼の胸に顔を埋め、あたしはもう少しだけ、泣いた。
ーーーーー
しばらくして、落ち着いた頃。あたしは、改めて彼に向き合う。今度は、ちゃんと、目を見て。
「朝陽くん、あらためて、なんだけど。・・・あたしは、朝陽くんのことが好き。でも・・・電話してたの、彼女、なんだよね?だとしたら、付き合って、とはお願いできない、かな。困らせたいわけじゃないから」
「涼子さん、ありがとう。返事の前に、というか。僕は、涼子さんのような素敵な女の子に好意を向けられるような人間じゃないけど。でも、それでも嬉しい。ありがとう」
・・・ちゃんと、私のことを考えて、告白自体を肯定してくれる言葉。
これだけで、この人を好きになってよかった、と思える。
そう、思えてしまう。
ああ、恋をするって、こんなにも人を単純にしてしまうものなんだ。
でも、つぎに返って来た言葉が、にわかに理解できなくて。
「・・・でもね、実は、美織は彼女ってわけじゃ、ないんだ」
「は?」
待って、待って。あれだけ楽しそうに、仲よさそうに電話してたのに、付き合ってないの?
「美織さんって、女の子よね?」
「うん」
「あんな感じで、付き合ってないの?」
「うん」
「は?」
詳しく話を聞かせてもらった。
え、中学時代からずっと一緒で?4回告白されていて?付き合ってないの?
「美織さんのこと、嫌いなの?」
「まさか。じゃなきゃ電話なんかしない」
「そう、だよね。それは、そうよね」
あれ?いや、ちゃんと好意はあるっぽい。でも、付き合ってない。いや実家の方が大変とか、そういういろんなことがあった中学時代だってのはわかってるけど・・・。
「・・・キープしてんの?」
「いや、そういうわけじゃ・・・いや、そうだよね、そう、見えるよね」
「やだどうしよう。朝陽くん女の敵じゃん。いや、好きだけどさ。いや最悪だわ」
どうしよう。心の整理がつかない。初めてこんなに好きになった人が、女の敵みたいな人で・・・あれ、結構ダメージでかいかも・・・
「・・・うん、大丈夫、ちゃんと、好き」
「なんだか葛藤の末にまだ好きでいてくれてありがとう」
「いや、正直予想外だったけど。あれだよね、きっと、いろいろ落ち着いたら向き合おうと思ってて、どっちかっていうと、あたしが割り込んじゃった感じだよね」
「・・・うっ」
「いや、良いの、わかるよ。そうだよね」
なんとなく、わかる。朝陽くんは、そういったことを適当に流せない人だから。ちゃんと返事ができるようになるまで、断り続けてたんだと思う。
まあ、それでもなんどもアタックしてる美織さんが凄いんだけど。
あたしだったら、2回くらいで心が折れる気がする。
それで、あたしが割り込んだ、と。
そう考えると、あたしや雫の好意に気づいていながら、決して一線を踏み込んでこなかった理由もよくわかる。夕の友達だし、突き放すことはできないけど、せめて近づき過ぎないように、気を使ってくれていたんだと思う。
「・・・なんかごめんね、気遣い無駄にして・・・いや、勢いで告白しちゃったんだけどさ」
「いや、良いんだ。嫌な言い方になるけど、涼子さんに好かれてるのはわかってたし、それが嬉しくって、突き離せなかった僕も悪い」
そんな風に、彼はこんな時でもこっちを気遣ってくれる。
「朝陽くんには、かなわないなあ」
でも、どうせこうなってしまったのだから。
「あたしさ、朝陽くんがフリーなら、諦めないから」
美織さんって子が先約なのかもしれないけど。恋は別に整理券があるわけじゃない。せめて、この初恋は、後悔のない形で終わらせたいから。
「・・・お手柔らかにお願いします」
「いや。じゃないと朝陽くんどっかいっちゃいそうだし」
・・・でも、その前に。
「で、雫のことはどうすんの?気づいてんでしょ?あの子も、朝陽くんのこと、好きだって」
この女の敵には、ちゃんと苦しんでもらわないといけない。
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