それぞれの一歩(伊原美織)
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私、伊原美織にとって、鶴見朝陽という青年は、目標だった。
中学では、部活は違ったものの、同じ県大会レベルまで進む選手として、なんとなく親近感を持っていた。
彼は勉強だって誰より出来たし、そんなに見た目が派手なタイプではなかったが、みんなが一目置いていた。
そんな、どこか完璧に見えた彼の印象が変わったのは、2年生の初夏。
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夏の大会を戦っていた私たちバスケ部は、梅雨の陰鬱な空気の中、練習を続けていた。新しいチームのキャプテンとして指名されることが決まっていた私は、一人居残って練習していた。
通常は新チームの始動は夏の大会が終わった後。それでも、大会中のこの時期に動き出したのは。
昨年地区3位で、創部以来初めて進んだ県大会。
一回戦敗退という結果だったが、その試合を唯一経験した一年生が私だったから。経験、と言っても、負けが濃厚になった時間帯での守備固め、たった2分のプレーだったけど。
『リベンジ、よろしくね』
県大会にこれただけで奇跡。出られただけで満足。そんな風に、試合前に嘯いていた3年の先輩達。試合後のロッカールームで、声を押し殺して泣く姿に声をかけられずにいた私に、当時のキャプテンだった人が言ってくれた言葉。
この言葉は、私のこの一年の練習態度を大きく変えた。
それだけでなく、一つ上の先輩たちも、その言葉を覚えていて。
「監督、私たちもベスト8まできました。去年の先輩たちまで、もうちょっとです。このタイミングで、キャプテンを美織に引き継ぎたいと思うのですが」
実際のところ、私たちの学年には上手な子が多かった。ただ、公立中らしくメンバー編成は学年も大きく考慮されるし、飛び抜けて上手いわけでなかった私が一年から試合に出られていたのは、ディフェンスを得意とする選手が上の学年にいなかったから。
だから、私たちの学年に賭けた。
これまで一度も県大会に出られなかったチームが、去年の試合前、バスの中で思わずこぼした、「全中」という夢物語。
その最大の障壁は、同地区の天志高校附属中。私たちを一回戦であっさりと破ったチーム。エースは、私と同学年の崔涼子という選手。
一年生からレギュラーで、昨年の県準優勝、全中出場の原動力。昨年のわずかなマッチアップでは、すごく初々しい印象を受けたが、先日地区予選で見かけた彼女は、垢抜けて、何より自信に満ち溢れていた。すでに、チームの中心的存在であるのは明らかだった。
周囲の期待に応えたいという、その一心で。架空のオフェンスに対する守備練習を繰り返した後。
グラウンドに面した体育館の外が土砂降りになっていることに気づく。
そして、すぐに。その土砂降りのグラウンドを、一心不乱に走る背中にも。
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「・・・鶴見、だよね?なにやってんの」
私は、体育館横の傘をさして思わず外に出ていた。走り終わったらしい男の子に、自分のタオルを渡す。
「これ、使いなよ。そんなずぶ濡れじゃ意味ないかも知んないけど」
「ん、さんきゅ。伊原、だよな?同じクラスの」
「みりゃわかんでしょ」
「いや、土砂降りで目が開かねえ」
「ならなんでそんな中走ってたのよ」
「・・・いや、ちょっと雨の中って走ってみたくなるじゃん?」
「・・・馬鹿じゃないの」
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私たちの最初の会話は、そんなものだったと思う。意外と、そんな冗談も言うんだ、なんて面白く思ったのを覚えている。
後、意外と照れ屋だってことも。
だって、彼の服装やシューズは、明らかに使い込まれて、しっかり練習をするためのものだったから。
決して、映画に憧れて走ってみました!なんて雰囲気ではなかった。
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それから、彼と仲良くなるのに時間なんてかからなかった。私がキャプテンのプレッシャーに押しつぶされそうになった時も。彼が全国で活躍するお姉さんとの才能の差に走る意味を見失った時も。
そして、私たちの3年最後の夏の大会が、お互いに全国まで後少し、というところで終わってしまった時も。
私たちは二人で色々なことを話した。一緒に笑って、一緒に泣いた。
トップクラスの存在に憧れて、届かなくて。後少し、というところで、たった二人で戦った。私たちは、ある意味では戦友だった。
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そんな彼が、おそらくはお姉さんにも、その友達にも私のことを話していない理由。
それは多分、私が彼に告白をして、振られているから。
それも、4回も。
中学2年の終業式、3年の夏、卒業式。そして、去年の夏に一回。
毎回断られていたけど、その度に、彼はしっかりと考えてくれて。真摯に向き合ってくれた。彼に余裕がないだけで、私のことをしっかり女の子として見てくれて、扱ってくれているのもわかっていた。
だからこそ、彼を想う気持ちは強くなり、呼び方も、自然と下の名前へと変わっていった。
そんな秘密の関係が嬉しくて、心地よくて。
だからこそ。
彼を溺愛する姉と、彼がすれ違ってしまうことは避けたかった。
私の思いはいつだってストレートに伝えてきた。だけどそれと同じくらい。
「朝陽、あなた、お姉さんのこと、大好きじゃない。コンプレックスを感じるのだって、好きだから、じゃない」
『・・・っ』
電話口の朝陽が息を呑んだのがわかる。
「私はね、自分の「好き」って気持ちのために、なんだって出来るあなたが好き。誰よりも努力して、結果に言い訳しないあなたが好き。そのくせ、周りには努力を見せないでカッコつけちゃうとこも好き」
「私が惚れた鶴見朝陽は、そんな「好き」から顔を背けてうじうじしてる男じゃない」
『・・・美織、僕のこと好きすぎでしょ』
「好きよ。もう3年も、ずっと好き。だから、私に甘えるのは良いけど、カッコ悪いとこは見せないでね」
『んな勝手な・・・』
「あなたが振り向いてくれないのが悪いと思わない?」
『くぅ・・・』
まあ、こう言えば、朝陽は何も言えない。だって、彼は誰より優しくて、真面目な男の子だから。
だから、こんなわがままな、告白まがいの叱咤激励も、しっかり届くし、考えてくれる。
『・・・ありがとな、美織。元気でたよ』
こんな小さな一言でも、私を有頂天にさせる。私の「好き」を再確認させる。
「頑張りなよ、朝陽」
願わくば、彼と彼の姉が、仲違いをしませんように。
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