テストお疲れ様会
「「「かんぱーい!」」」
夜のツインズの一角に、私たちの声が響く。今日は土曜日の夜。予定通り、鶴見くんに夕、私、涼子ちゃん、文香ちゃんに伏見くんという、いつもの6人が揃っていた。
今日はテストお疲れ様会ということで、鶴見くんがシフトから外れる夜の時間帯に開催している。お店の方は、古株のスタッフのおばさんたちが回している。
「鶴見くん、今回もすごかったですね!学年1位ですよ!夕ちゃんも3位だし、良かったです!」
開口一番、文香ちゃんが二人の成績を褒める。続けて勉強を見てくれたお礼を言う彼女に、他の3人が追随する。実際、鶴見姉弟に勉強を教えてもらったことで、かなり余裕を持ってテストに臨むことができた。
まあ、文香ちゃんのテンションが高いのは、これから播磨くんにアプローチしていくと言うこともあるのだろうけど。
「いやー。でも涼子ちゃんがこの提案してくれて良かったよー、そうでもないとこうやって集まるの難しいしね」
「そうね、私と雫はしょっちゅう部活でも一緒になるけど・・・特に夏の大会も近いし、これから忙しくなるわね」
陸上部は、来月から地区予選が始まる。駅伝チームのメインは冬なので、夏場はトラック種目だ。夕は3000メートル、私は1500メートルに出場する予定だ。もちろん、夕は県大会でも圧倒的優勝候補で、全国大会への出場が有力視されているので、これからはさらに忙しくなる。
「でも、雫は良かったの?3000じゃなくて」
「うーん、流石にゆーちゃんと同じ種目だと、勝てる気がしないしなあ・・・それに、ゆーちゃんはもっと長距離の方が向いてると思うけど、私はどっちかっていうと中距離向きみたいだし」
それは、去年一年間の挑戦で思ったことだ。ゆーちゃんに憧れたのと、中学でも長距離が好きだったので、最長距離となる3000メートルに登録し、一年間頑張ってみた。
まあ夕は全国区の選手なので、それに勝てないのはそうなのだけど。それよりも、自分にとっては距離が長いようで、最後の一周でエネルギーが切れてしまうことが多かった。
中学から距離が延びたこともあって、最後の一周はゆーちゃんも課題にしていた。彼女の全国での失速も、それが原因だ。私も、地区大会で最後にスパートできず、県大会に進めなかった。
ゆーちゃんは適性があるようで、今年はしっかり対応してきている。でも、私はどちらかというと、スピードは向上したものスタミナはそこまで。だから、今年は1500メートルに転向して、自分の特性を生かした勝負をしようと思っていた。
「え、雫さん、1500にするんですか?」
そんな鶴見くんの発言に、私は頷いて、考えていたことを伝える。
「なるほど・・・確かに、1500から3000への距離伸長は大変かもだね。1500だと割合スピード勝負になることもあるし、いいかもね」
「あら朝陽、ちょっと嬉しそうね」
「嬉しそうっていうか、まあ僕も1500は中学でやってたしね」
「え、鶴見くん、そうなの?」
「うん。まあ800と1500を半々くらいで。最後のレースは1500かな?まあ、男子だと最長距離でもないんだけど」
「そうなんだー、みてみたかったなあ、鶴見くんのレース」
思わず口にしてしまってから、しまったな、と思う。レースを辞めてしまったことを鶴見くんは割り切っているかもしれないが、夕は気にしているかもしれない。
「・・・そうね、ちょっと残念よね。でも朝陽も速かったのよ?ベストって4分10秒くらいだっけ?最後の県大会は入賞して、全国まであとちょっとだったんだから」
「まあ、ちょっとそれで諦めついた感じもあるんだけどね」
そんなことをいう鶴見くんをみて、ちょっと自信を無くしてしまう自分がいた。私は、県大会に出れるか、くらいで燻っている。その一方で、県でも上位に入れるレベルの鶴見くんは、実家の手伝いをきっかけに陸上を辞めてしまった。
そんな、自己嫌悪のスパイラルに陥りそうな私の心を救ってくれるのも、やっぱり鶴見くんで。
「・・・まあ、辞めちゃいましたけど。まだ走るのは好きかな。特に中距離・長距離って、タイムとかより、走ること自体に価値があると思うんですよね。それこそ、大きな大会じゃなくても」
走ること自体の価値、というのはちょっとわかる。実際、特に駅伝を走っていると、沿道のお客さんの声援がすごい。どんな小さなレースでも、どんな順位でも、大声で応援してくれる。給水係だって伴走するし、なんならコーチだって声援や指示を飛ばしながら走る。駅伝という舞台では、チーム全員が主役だ。
「雫さんも、今年のレースが楽しめるものになるといいね」
レースを、楽しむ。優勝できない可能性の方が高いレースの中で、そのモチベーションを保つことは意外と難しい。でも、走ること自体の価値を理解している鶴見くんにもらった言葉は、私に勇気を出させるに十分だった。
「・・・応援とかって、してくれる?」
「もちろん。お店が休みだったら、応援行くよ」
私の応援もね!と鼻息の荒い夕を横目で見ながら、鶴見くんが応援スタンドにいるレースを想像する。
・・・あれ、ちょっと結構緊張するかも。
「・・・練習、頑張らなきゃ」
気になる人に応援に来てもらって、情けないレースは出来ない。いくら走ることに意味がある、とはいえ、ちょっとはいいカッコしたいのだ。
「あ!雫ちゃんずるい!ねえ、朝陽くん、あたしたちバスケ部の応援も来てよ!今年は結構いいところいけると思うんだ!」
・・・はっ!気を取られていたら、涼子ちゃんがカットインしてきた。何気に、応援を要求することに隠しているが、さらっと鶴見くんのことを下の名前で・・・
「もちろん、僕でよければ。涼子さんがバスケするのも見てみたいし。スケジュール分かったら教えてね」
「やった!あ、あとあたし今年からレギュラーだから!いい席案内するよ!」
「はは、ありがとう」
私も下の名前で呼んでみたいけど、ちょっとまだ恥ずかしい・・・くそう、涼子ちゃんめ。
見れば涼子ちゃんも顔が赤い。いや、でも鶴見くんが普通に受け入れているところも見ると、チャレンジの価値はありそうだ。
ーピリリリリ
私がそんな内なる葛藤と戦っていると、カウンターの電話がなり、それに対応した店員さんが声を上げる。
「鶴見くーん、お友達といるのにごめんね、店長から」
「あ、今行きます。ちょっとごめん」
店長ということは、鶴見くんのお母さんだろうか。ゆーちゃんも電話口の近くに移動した。
「はい、代わりました。ああ、母さん。・・・うん。・・・ああ、そう。大丈夫?何か必要なものは・・・うん。・・・ああ、そういうこと?分かった。・・・ええぇ・・・それはどうだろう。聞いてみるけど。ああ、そうだよねえ。・・・わかったわかった。じゃあ、気をつけてね。父さんによろしく。夕と話す?・・・はい、夕」
手短に電話を終えた鶴見くんは、受話器を夕に渡してこっちに戻ってくる。
「お母さん、どうしたの?」
・・・聞いていいのかわからなかったが、思わず口にしてしまった。
幸い、そんなに深刻ではないのか、鶴見くんはすぐに答えてくれた。
「ああ、雫さんは大体事情知ってるんだっけ。今、父さんがちょっと入院してるんだけど、母さんが今日は向こうに泊まるって話。検査とかあって遅くなる予定ではあったんだけど、今降ってる雨がこれから雷雨になるらしくて」
「あ、そうなんだ。お父さん、大丈夫なの?」
「うーん。まあ、元々の病状があれだから、すぐ退院って話じゃないと思うけど、でも聞いた感じ急を要する内容でもないよ」
「・・・そう、なんだ」
ちょっと、額面通りには受け入れられない感じだけど。でも、きっと鶴見くんの中ではちゃんと消化できてるんだろう。
・・・強いなあ。
「あ、それで3人にお願いがあるんだけど」
・・・お願い?なんだろう。
「うん、まあそうは言っても夕も心配だと思うから。3人とも、もしできたらでいいんだけど、今晩、夕と一緒に泊まっていってくれない?」
え、お泊まり?
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