少女たちの想い(涼子視点)
勉強会が始まって、一週間ちょっとが過ぎた。
同じバスケ部の堀田が鶴見君に突っかかったことで始まったバスケ勝負で、初めて鶴見君のことをしっかりと見てから、あたしはずっと、彼のことが気になっていた。
もちろん、顔が結構かっこいいとか、意外とバスケできるんだ、とか。
そういった要素がないわけじゃないけど、あたしが彼を気になったほんとうの理由はそうじゃない。
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あたしは、今でこそ結構派手な見た目をしているけど、元々は引っ込み思案で、あんまり友達とワイワイやる感じじゃなかった。子供の頃からミニバスケチームに入っていて、バスケだけは上手だったから、中学時代もバスケ部に居場所がなかったわけじゃないけど・・・
でも、部活の仲間達は割合明るい子達が多くて、気後れすることも多かった。あたしだけのことなら、そんなに居心地も悪くないし、良かったんだけど。
でも、中学二年生になって、後輩ができて。その子達の何人かが、部の感じに馴染めなくてやめてしまうのを見て、これじゃあいけないと思った。
新しい環境に入るのは、誰だって苦しい。緊張する。でも、あの子達は、未経験だけど、バスケに憧れて入部してくれたのだ。あたしがもっと社交的で、話しかけられていたら。部活の仲間との橋渡しもできたし、彼女達もバスケを楽しめたんじゃないか。
そんな後悔から、中学二年生の夏くらいから、少しずつ自分を変えていった。
髪をこまめに整えるようにしたり、友達に恥を忍んでメイクを習ったり。制服はそんなに着崩せないけど、私服も流行りのものに変えたり。
まずは、自分の見た目を、少しでも明るく見えるように変えていった。根っこの部分で引っ込み思案なところは治らなかったけど、周りから声をかけられることは多くなった。不思議と、自分の見た目を変えると、心にも余裕ができて、こちらから話しかけることもできるようになった。
もちろん、いいことばかりじゃない。急におしゃれを始めたから、両親からは心配された。あたしのことをよく知らない子達は、悪い男に騙されてるんじゃないかとか、私が軽い女だとか、そんな噂をいたるところでしていた。
三年生に上がってからは、告白を受けることもあったが、その男の子のことが好きな女の子達に逆恨みをされたり、嫌がらせを受けることも増えた。
それでも、あたしの引っ込み思案のせいで、バスケから離れてしまったかあの子達のことを考えると、元の自分に戻る気はなかった。
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そうやって、二年間かけて、少しずつ自分を変えてきた。あたしは、今のあたしがそんなに嫌いじゃない。矯正した性格のおかげで、高校ではすぐに友達ができたし、バスケ部でも上手くやれている。
まあ、高校の自由度が高いせいで、ギャルだと思われていることは知っているけど。
おしゃれ自体は好きなので、あながち間違いでもない。
そんななか、鶴見君の存在を知った。
決して目だたない男の子。顔は格好いいけれど、髪が長くてあんまりさっぱりした印象はない。何より、双子の姉の夕が、誰にでも明るく優しい人気者で、陸上部のエースなので、それに比べるとどうしても見劣りしてしまう。そんな印象。
堀田とのバスケ勝負を見たときも、意外とガッツがあるんだな、なんて遠巻きに見ていたのを覚えている。でもそのあと、普段は絶対に近寄らないであろう私たちのグループまで来て、「夕のことをお願いします」と頼み込んできた彼を見て。
この人も、「誰か」をきっかけにして、頑張っているのかもしれない。そんなふうに思って、なんだか親近感を覚えたのだ。
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ある時、勉強会が終わったあと。あたしは一人で残ってツインズで夕飯を食べていた。普段、周りに夕や雫がいるときはよく話すけど、一対一で、という機会はこれまでになかったし、あたし達の間にも会話は生まれていなかった。
でも、その沈黙は、決して居心地の悪いものではなくて。
そんな感覚が後押しをしてくれたのかもしれない。ちょうどお客さんが引いた頃合いを見計らって、鶴見君に思い切って聞いてみた。
「ねー。鶴見君ってさ、なんで髪切ったの」
「夕が予約しちゃいまして」
「でもさ、別に断れたわけじゃん。鶴見君、そんなに見た目気にしなさそうだし」
あたしから話しかけられたのが意外だったのか、ちょっと驚いた様子だったが、そんなあたしの唐突な質問にも、彼はしっかりと時間をとって考えて、誠実に答えようとしてくれる。
「そうですね・・・まあ、強いて言えば、夕がそうしてほしそうだったから、でしょうか」
「何、あんたもシスコンなの」
「そうじゃないですよ」
何言ってるんだ、と言外に伝えるように苦笑する鶴見君。あれ、以外に人当たりのいい彼からすると、この反応は結構レアかもしれない。
「ただね、まあ、姉弟ですから。わかるんです、夕が、僕の学校での生活を、心配してるの」
そして彼は、周囲に誰もいないことを確認して、色々と話してくれた。実家の喫茶店のこと。お父さんの病気のこと。夕が、陸上で悩んでいたこと。そして、夕が鶴見君の重荷になっているのでは、と気にしていることも。
「多分ですけど。まあ夕のことですから、気にしてるんだと思うんです。僕自身は正直、周りの声とか、どうでもいいんですけど。でも、僕は姉としての夕は好きですし、そんな相手が僕のためにやってくれていることを、無下にするなんて、とてもできませんよ」
そう言って、はっきりと、姉への親愛を口にする彼。実家のことで辛いことも多いだろうに。
口でこう言ったとして、彼が喫茶店に対して背負っているものが多いのは確かだろうに。
こう言ったことをごまかさず、ストレートに伝えられる彼のことを、とても素敵だと思った。
あのバスケ勝負も、イメチェンも。きっと今年本気で勉強をしているのだって。彼は、自分に愛を向けてくれる大切な何かのために頑張っているんだろう。
変わるのって、難しい。でも、だからこそ。それを誰かのためにためらいもなくできるっていうのは、とてもすごいことだと思うから。
その「誰か」は、夕であったり、家族であったり。もしかしたら、あたしが知らない他の女の子かもしれなくて。
そう思うと、なぜか胸が痛い。気になっている男の子の「好き」が、他の誰かに向けられていたら。いや、それがたとえ家族としての「好き」であっても、ちょっと思うところはある。
だから、ちょっとだけ面白くなくって。
「やっぱシスコンじゃん」
なんて、憎まれ口も出てしまう。それに困ったような微笑みで返す鶴見君をみて、ちょっと慌てる。
「で、でもさ。良かったの?こんな話をあたしにしちゃって。正直さ、あたしとまだ付き合い、そんなないじゃん」
あたしの口をついて出た、ちょっと距離を置くような言葉にも、彼は真摯に答えてくれる。
「涼子さんが信頼できる人だっていうのは、知ってますから」
そうして、彼は伝えてくれる。
夕が家で話す内容から、私がどんな人間であるか、ある程度すでに信用していたこと。
ダメ元でお願いしたバスケ勝負の後対応のことも、あたしがそれとなく夕と堀田君のことに気を回していたことに気づいて、その判断が間違っていなかったと思ったこと。
同じクラスになってからは、鶴見君が周囲と話しやすいように、あたしが橋渡し役になって会話の糸口を提供したり、接ぎ穂を作ったりしていたことに気づいていたこと。
それらは全部、あたしが無意識的に、中学時代のあの子たちとの経験からやっていたことであって。
それに気づいてくれたことが、なんだか照れ臭くなって、嬉しくて。
自分が、この男の子を本当に好きになっていることを自覚する。
恋、なんてしたことはなかった。でも、この魅力的な男の子に、恋をしないっていうのは、難しいんじゃないだろうか。現に、雫も好意を抱いているみたいだし(夕のあれはどうかと思うけど)。
そして、ふと、気づく。
「あたしの名前・・・」
「あ、ごめんなさい。いつも夕が家では涼子って名前で話すものだから。嫌でしたか・・・?」
いやじゃ、ないです。
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