水を纏いし槍は、闇の中で灯火を見る
黒森 冬炎様主催『狭いところで槍』企画参加作品です。
ま、間に合った……!
テーマがちゃんと生かせているかはわかりませんが、どうぞお楽しみください。
町外れの一角。
そこに父さんが作った『ミカガミ流槍術道場』がある。
小さな流派で、門下生は私を除いて一人だけ。
「ミズキ! 勝負だ!」
「はいはい稽古したらね」
「よっしゃー!」
この勝負馬鹿だけ。
レッカは私と同い年の十四とは思えないほど幼い。
以前槍を馬鹿にしたのをこてんぱんにして「槍ってすげー!」と言わせ、門下生にしたまでは良かったけど、まともな稽古はせず、思い付きの技ばかり練習していた。
きちんと稽古をしたら勝負を受けると言ってからは、多少真面目になったけど。
さて、今のうちに私も今日の日課を終わらせておこうかな。
「終わったぞ! さあ勝負だ!」
「わかったわよ。いつも通り一本勝負。負けたら特別課題よ」
「ああ!」
私とレッカは試合用の槍を構える。
「始めっ」
「よっしゃー!」
あぁ、まただ。
勝負になると、基本がめちゃくちゃになる。
槍は突くもので、振り回すものじゃないのに……。
大振りの横薙ぎを半歩下がってかわし、振り下ろしてくる軌道から身体をずらし、床に叩きつけた反動で跳ね上げた穂先を柄で受け流し、
「はいここまで」
首筋を穂先でポンと叩いた。
「くっそー! またダメかー!」
「レッカは振り回すから隙が大きくなるの。多対一ならともかく、一対一なら突いてすぐ引く。その基本を大事にしなさいよ」
悔しがるレッカをたしなめる。
センスは良いから、ちゃんと基本をやれば強くなると思うのにな。
「でもミズキは最初に戦った時は、すげえ勢いでぶん殴ってきたじゃんか」
「……あれはぶん殴ったんじゃなくて、攻めの型『怒涛』っていうのよ……」
あ、あの時は、槍術を馬鹿にされたから、ちょっと頭に血が昇って、つい攻撃特化の技を放っちゃっただけで……。
「ああ! あれすごかった! あれが教わりたいんだよな!」
「……あ、あれは、レッカとの実力差が大きいからできたのよ。槍は長い分、懐に入られると致命的になりかねないから、基礎の型を覚えないうちは教えられないわ」
これは本当。
だから私も父さんから、みだりに使わないよう言われている。
あの時使うべきだったかは……、うーん……。
「ちぇっ、仕方ねえ。とりあえず何やればいいんだ?」
「そうね、まず跳び退りを百本」
「ええー!? あのエビみたいなやつ!?」
「エ……! 間合いを離して有利な状況を作るためには必要なの! 文句言うなら二百本!」
「勘弁してくれよミズキー!」
「頼もう」
!?
野太く低い声に、道場の入口へと目を向ける。
槍を携えた細身の男が、にたりと気味の悪い笑みを向けているのが見えた。
「こちら槍術道場との事。是非道場主に一手御指南頂きたい」
丁寧な言葉の裏に滲む殺気で見当が付いた。
道場破りだ。
勝っても特に利はなく、負ければ看板を取られる面倒な存在。
父さんがいない事を理由に追い返そう。
「申し訳ありません。道場主である父は、ただ今所用で不在でございます。どうぞお引き取りください」
「ほう、それは残念。では貴女が代理でも構いませんよ?」
「私など父の代理が務まる腕ではございません」
「成程成程。女の身では致し方ありませんなあ」
むっ。
……いや、落ち着け。
ありふれた挑発だ。
「何だこいつ。ミズキの強さも知らないで。ぶっ飛ばしていいか」
「駄目に決まってるでしょ。大人しくしてて」
レッカをなだめると、自然と気持ちが落ち着いてくる。
そうだ。こんな事で父さんやレッカに迷惑はかけられない。
「仰る通り、恥いるばかりでございます」
「……ふむ、それは残念。しかしここまで来て、手ぶらで帰るというのも芸がない」
!
男の殺気が膨れ上がる……!
「娘が散々に打ち据えられたとなれば、道場主も本気を出してくれる事でしょう」
「何だとてめえ!」
残忍な笑みを浮かべた男が道場に上がり、壁の槍を取る。
私を傷付け、父さんの冷静さを削ごうという魂胆ね。
……舐められたものだ。
父さんは他流試合を禁じているけど、相手が襲ってくるなら仕方がない!
「……お引き取りいただきます」
「おいミズキ! 俺にやらせろ! ぶっ飛ばしてやる!」
「あいつの狙いは私よ。大丈夫、負けないから」
いきり立つレッカをなだめると、道場の中央に移動して槍を構え、男を睨みつける。
男は余裕の笑みで槍を構えた。
そのにやけた顔に、一撃叩き込んでやる!
「うっ!?」
何!?
攻撃を繰り出そうと一歩踏み込んだ膝に衝撃!?
男の槍の穂先が、いつの間にそこに!?
片手突きだったから威力はそれ程でもなかったけど、痛み以上の衝撃が私にはあった。
……初見である私の初動を、完全に読んだ……?
こいつ、強い……!
「おや、どうされました? かかってこないのでしたらこちらから参りますよ?」
好都合だ。
私はミカガミ流の中でも後の先を取る型が得意だ。
レッカを軽くあしらえるのもそのおかげだ。
攻撃をいなして、反撃を……!
「はっ!」
「くっ!?」
な!
私の構えた槍の穂先を正確に突いてきた!?
槍同士で打ち合うなんてのは当たり前だけど、お互いの槍がまるで一本の棒になるかのように真正面から突いてくるなんて!
取り落としこそしなかったけど、受けた事のない衝撃に反撃が撃てない!
「そこ!」
「つっ!」
今度は踏み出していた左足の小指!
「ほらほら!」
「うっ! くっ!」
たまらず左足を引くと、今度は右のすねと膝!
防ぐ事もかわす事もできずに、後ろに下がるしかできない……!
「……このっ!」
「無駄です」
苦し紛れに突いた穂先が、上からの突きで床に縫い止められた!
何て速さと正確さ……!
「ふんっ!」
「がっ!」
身体の中心に衝撃と痛み!
男の、槍が、鳩尾に……!
跳び退がったものの、足に力が入らない……!
「くっ……」
「おや、気絶しませんでしたか。ですがもう戦えそうにありませんねえ。ここからはじっくり嬲るとしましょうか」
「う……」
攻撃は封じられ、相手の攻撃は見えず、まるで闇の中で戦っているみたいだ……。
父さんに槍術を習って、稽古を続けて、強くなったつもりでいたのに……。
狭い世界でいきがっていただけだったんだ、私……。
……ごめんなさい、父さん……。
「おい! それ以上ミズキに近付くんじゃねえ!」
レッカ!?
駄目だよ! レッカが敵う相手じゃない!
「貴方はこの道場の門下生ですか?」
「そうだ!」
「ならば貴方も彼女同様痛い目を見てもらいましょう」
逃げて!
……駄目だ、声が、出ない……。
「おりゃあ!」
馬鹿……!
そんな大振りの突撃なんかじゃ……!
「む、お前、素人か……!」
「シロトじゃねえ! レッカだ!」
……?
男が戸惑ってる……?
あの得体の知れない余裕は消え、防御に回ってる……。
レッカはいつもみたいに基本を無視して、槍を振り回してるだけなのに……。
「!」
そうか……!
この男は片手で槍を自在に操る筋力と、相手の動きさえ読む観察眼で、相手の動きを封じる戦い方をしていたんだ。
速さと距離を重視する分一撃の威力は強くはないけど、急所を正確に突く事でそれを補っている。
その分動きが無茶苦茶で、しかも延々動き回るレッカを捉えきれないんだ。
まるで炎が闇を払うように、男の不気味さが消えていく……。
「この小僧が……!」
「! 隙あり!」
あ! 駄目!
それはわざと穂先を逸らして、隙のように見せただけ!
あの穂先を縫い止める技が来る!
「もらった!」
!
レッカが消えた!?
違う! 天井!?
穂先を押さえられた反動に合わせて、棒高跳びみたいに跳んだんだ!
「うおりゃあああ!」
「へぶっ!?」
天井を蹴ったレッカの渾身の一撃が、反射的に見上げた男の顔面に突き刺さった!
「……」
男は鼻血を噴きながら、白目をむいて倒れた。
這うようにして近付いて確かめると……、良かった、息はしてる。
「大丈夫かミズキ!」
「う、うん、ありがとう。大丈夫」
「良かったあ!」
わ。
何よ、さっきまですごく男らしかったと思ったら、子どもみたいに笑って……。
「でもさあ、ミズキが苦戦してた奴を、俺結構簡単にやっつけられたじゃん!? 明日は俺、ミズキに勝てるかもな!」
む。
助けられたのは事実だけど、それは相性の問題もあるんだから。
「……いいわよ。明日また勝負してあげる」
「よっしゃー! 勝つぞー!」
感謝の気持ちはあるけど、だからって負けてあげるつもりはない!
「その前にその人縛って、町の人を呼んできて」
「わかった! 縄取ってくる!」
元気に駆け出していくレッカ。
私はその背中を、苛立つような、嬉しいような、もやもやした気持ちで見送るのだった。
読了ありがとうございます。
この話の元は、中学の頃に考えた話でした。
授業中、ボールペンで。
火属性で攻撃主体の赤が、水属性で攻撃をいなす青にいいようにやられていたのですが、闇属性で相手の動きを封じる黒に戦いを挑まれピンチに陥った青を守るべく、赤が「攻撃封じとか知るかぁ!」と黒をやっつけるお話でした。
そこに今回のテーマの『狭いところ』として道場と、ミズキの知る世界の狭さを盛り込んでみました。
……こういうのじゃなかったらすみません!
でも過去の妄想を形にする機会をいただけて嬉しいです!
黒森 冬炎様、ありがとうございます!