その9
「君、よくやってくれたね。青は持っていたんだが、私のシートでは間に合わないところだった」
目尻に皺を寄せて喜ぶ武藤に、瑠璃はお辞儀する。
「ありがとうございまーっす。でもたまたまだ……です。和紙属性の用紙は極力避けろ、って注意されてばっかだし」
少しだけ皮肉を込めて告げると、武藤は軽く目を細め尋ねてきた。
「君、名前はなんというのかな?」
「二年A組特進科、小山内瑠璃。仕上げ担当です」
武藤の瞳が小さく見開かれる。
「小山内……。そうか、君は小山内幸利君のご息女か。大きくなったな。あれ以来か……」
「……はい……」
今もっとも聞きたくない名を告げられ、瑠璃は一瞬声を詰まらせた。だが、武藤はこちらの変化に気がつかなかったようだ。特殊ガラススクリーンへ映る宇宙を見あげ、感慨深げに語りだす。
「君の母君である麻里安さんも素晴らしい切り絵シールドを生みだしたが、父君も大変立派な人物だ。ちょうどもうすぐ宇宙から物質サンプルを持って帰ってくるんだが。どうだい? 久しぶりに会っていくかね?」
邪気のない申し出に、瑠璃は首を横に振った。
「すみません。今は勉学中の身ですから」
天体結界技師になることを反対されている身としては、会える身分ではないし会いたくもない。
(だいたい、父さんだって会いたくないだろうし)
ふと湧きでてきた悔しさに唇を噛んでいると、武藤のうなり声が聞こえてきた。
「なるほど。幸利君もいい娘を持ったものだ」
これ以上父親の話はしたくないが、武藤の質問はまだ終わりそうもない。どう切り抜けたものかと考えていると、横に立っていた彼方が口を挟んできた。
「副校長先生、もうすぐ昼休みも終わりますので」
のんびりとした口調で指摘する彼方の言葉へ、武藤が腕時計を確認する。
「ああ、そうだったな。小山内君、これからも精進してくれたまえよ」
「はい」
どうやら助かったらしい。瑠璃は柔和に口元を綻ばせる武藤へ、笑顔で応える。内心でほっと胸をなでおろしながら、淡々とした表情で黒い短髪をなでている彼方をこっそりと見つめた。