その1
「まずは絵の具を作らないと」
瑠璃は桃色の鉱石を前に袖をまくっていると、七海が腕へ手を置いてきた。
「それは私がやるわ」
「え、でも」
それでは彼女に悪い気がして七海を見ると、七海が頷いてくる。
「大丈夫。問題は用紙よね。早くすかないと」
七海の言葉に彼方が微笑む。
「それは僕らがやるよ。な、城ノ介?」
「ああ! まかしとけ!」
彼方の視線を受けて城ノ介が胸を叩いてきた。
「でも、どっちもあたしが確認しないと」
別に三人を信用していないわけではないが、確認を怠ることがあってはならない。決断できず返事に窮していると、彼方が背中へ手をあててきた。
「もちろんその都度確認はしてもらうけど、何も瑠璃だけが頑張ることないだろ? そのために僕らがいるんだから。それに瑠璃には図案を考えるっていう何より大事な仕事があるじゃないか」
「それはそうだけど……」
言葉を濁して思案していると、彼方が顔を覗き込んでくる。
「完璧主義なのはわかるけど、もう少し仲間を信じなよ。瑠璃」
瑠璃は彼方の真剣な眼差しに一瞬息を呑んだ。
(たまにどきっとするのよね)
見慣れた顔とはいえ、昔からこの黒い瞳に見つめられると弱い。瑠璃はしばし彼方の瞳を見返したあと、溜め息とともに言葉を吐きだした。
「……わかった。ありがとう、彼方。みんなも」
素直に降参すると、七海が嬉しげに飛び跳ねた。
「なら、早速はじめましょ!」
『おう』
かけ声で気合いを入れ、各自持ち場に着く。瑠璃は席へ座ると、基盤にしようとする母親の風景画を見ながら電子キャンバスへ線を引きはじめた。だが、いまいち上手くいかない。
(駄目だ。どうしても所々薄くなっちゃう)
しかも、今作ろうとしているこの結界は殺人物質要素を包みこむ緑を基調にしているが、殺人物質要素そのものを相殺させるにはそこへ桃色の和紙を配置させなければならないのだ。
「屋根の色ならたくさん桃色を入れられていいと思ったんだけど、それだと上の部分に偏っちゃう」
ほかに何かいい方法はないだろうか。鉛筆を回しながら考える。
「花を配置してみる、とか……」
だが、それだけでは漠然としすぎている。瑠璃はああ、と伸びをした。新しく手に入れた原料で和紙素材の用紙を用意し新たな結界を作る研究が、こんなに大変だとは思わなかった。絶対にできると父親に啖呵を切った自分たちだったが、なかなか思うような用紙もできず絵具もまだ形になっていない。
「上手くいきそう?」
七海が声をかけてきた。
「さっぱり。そっちはどう?」
尋ねると、七海が絵具を見せてくる。
「これなんだけど。削って潰しただけだと結構薄い色になりそうなの」
「効果は試せる?」
「瑠璃ちゃんがウンウン唸ってる間に実験してみたけど、殺人物質要素自体への効力はかなりのものよ。ただ、和紙に混ぜて宇宙へ展開した時は効果にムラができそうなの」
ということは、やはり今の絵では綺麗に殺人物質要素を相殺することができないだろう。
「やっぱりそうかあ。ならよけい図案にはもっと桃色を配置しないとだわね」
「うん。たぶん」
七海が眉間に皺を寄せ頷いた。深緑が主体となっている母の絵画では、桃色を上手く配置することは不可能なのだろうか。
「あー! もー!」
足をばたつかせ苛立ちを発散する。頭をぐしゃぐしゃにしたい衝動と戦っていると、七海が肩へ手を置いてきた。
「瑠璃ちゃん、ちょっと気分転換しない?」
「どんなこと?」
「買い出しよ買い出し! ちょうどお昼でしょ?」
怪訝に思って七海を見返すと、七海が口元を綻ばせウィンクをした。




