その3
「やっとここまで来たよ、母さん……」
瑠璃は紅茶色をした天然パーマの髪をふわりとなびかせ、蒼い瞳を潤ませつつ小柄な身体を広げ桜並木の前に立った。小柄な体躯をうんと広げ朝の空気を吸い込む。紺色のブレザーとプリーツスカートが風にひるがえり、満開の桜を揺らした。頭につけた赤いリボンと首に巻かれた同色のリボンタイが揺れる。行き交う生徒たちが不審げな瞳でこちらを見てきたが、少しも嫌な気分にはならなかった。
母、麻里安が亡くなってから十二年。殺人物質ジグストが発見され、それらを排除しようとする機関、天体結界展開師が組織されてから二十年あまりが過ぎていた。母が亡くなったあの日にはまだ青空実験場だったこの土地も、今では立派な学園都市となっている。
「父さんは自分たちと同じ仕事には就かせたくないって言ってるけど、諦めなくて良かった……」
「綺麗だな……」
一人涙を流していると、後ろから声がかかった。
「泣いてるの?」
新谷彼方がひょいと顔を覗き込んでくる。
「か、彼方! な、泣いてなんかないわよ!」
瑠璃が慌てて顔を背けると、彼方がくすりと笑う気配がした。
「瑠璃がそう言うならそういうことにしておくけど」
「なんかイヤミなのよ、あんたって!」
「そう?」
飄々と訊いてくる彼方に、吐息していると一際大きな声がした。
「小山内ー!」
「あ、にっちゃん!」
錦織城ノ介が嬉しげに駆け寄ってくる。
「俺たちみんなまた一緒のクラスだぜ! 特進クラスのA組! やったな! やっぱり俺と小山内は運命の赤い糸……」
城ノ介の言葉に重なるようにして、女子の甲高い声が耳に飛び込んできた。
「やめてください! かわいそうじゃないですか!」
「ん? た、大変! あれって七海じゃない!」
目を凝らした瑠璃は永瀬七海の姿を認めて走りよる。
「ちょっとちょっと! この子になんの用?」
「俺たちはそこの仔猫が俺の指を噛みやがったから捕まえようとしただけだ!」
男子生徒たちの言葉を聞き、瑠璃は七海を見遣る。
「本当なの、七海?」
「う、うん。でも……」
七海は仔猫を離すまいと抱え込む。
「そいつは躾もできてねー野良猫だから保健所に連れていってもらうんだよ! わかったらさっさとその猫を俺たちによこせ!」
詰め寄ってくる男子生徒たちに、七海は一歩も引かない。
「嫌です!」
「なんだと!」
無理矢理仔猫を奪取しようとしてくる男子生徒にむっとして、瑠璃は咄嗟に手を払いのける。
「嫌だって言ってるじゃない!」
「この野郎!」
男子生徒が瑠璃に向かって詰め寄ってくる。仁王立ちして、待ち構えていると、友人たちの悲鳴が聞こえてきた。
「瑠璃!」
「瑠璃ちゃん!」
「小山内!」
瑠璃の前に躍り出てきたのは、彼方だった。瑠璃は驚いて彼方の手を掴もうとする。
「彼方! 危ない!」
このままでは彼方が殴られてしまう。必死で彼方を押し退けようとしていた時だ。背後から声がした。




