その12
「まだお父さん反対して……るんだよね?」
七海の問いに瑠璃はつんと鼻をそらせる。
「関係ないね。もう家だってでちゃってるんだし」
重ねて質問してくる七海に瑠璃は目を剥く。
「携帯に電話すればいいじゃない」
「いいの! これはあたしのけじめなんだから」
腕を組んで言い切ると七海が心配げな声で訊いてきた。
「だって、なんであんな仕事人間を好きになったのかぜんぜんわからないんだもんさ」
母のことは好きだが、どうしてあそこまで不器用な人間を好きになったのか、といつも考えてしまう。見目もよく性格も温和な母ならば、もっとよい縁もあったように思うのに。一人思考の迷路に迷い込んでいると、七海が首をかしげてきた。
七海の提案に瑠璃は手を左右に振る。
「あーそれなら聞いてるよ。もう頼んでもいないのに耳がタコになるくらいにさ」
「へー! あの小山内班長とお母さんの馴初めかあ。どんなのか教えてよ、瑠璃ちゃん!」
突然ベッドに手を置きにじり寄ってくる七海を枕で防御しながら、瑠璃は記憶を手繰り寄せた。
「どんなって、普通だよ。絵の勉強してる学生時代にサークルで知り合って、方向性に悩んでる時になんかあんにゃろうがいいこと言ったらしいよ。で、ぞっこんになっちゃったってわけ」
「なんて言ったのかは聞いてないの?」
「聞いてた気がするけど忘れた」
瞳をきらめかせる七海を前に肩をすくめると、七海にぱしんと足首を叩かれる。
「もーそこが一番大事なのに!」
「どうでもいいよ。あんにゃろうが言った言葉なんてさ」
瑠璃はもだえるように身体をくねらせる七海から目を逸らし吐き捨てた。枕をぎゅっと抱きしめていると、七海が苦言を呈してくる。
「お父さんをそんなふうに呼ぶのはよくないと思うよ、瑠璃ちゃん」
「あっちが先にはじめたんだもん。『天体結界技師になるというなら、もう親でも子でもない』ってさ」
「まあ、そうかもしれないけど。でもそれだって心配してるからじゃない?」
「どうだろうと知ったことじゃないよ! あたしはあの桜並木の中で誓ったんだ! 絶対あんにゃろうに『俺が悪かった』って土下座してもらうってね!」
拳を握りしめ枕に叩き込みながら決意を新たにしていると、七海がぽんと手を打った。
半ば悲鳴のような独白を胸の内で吐いていると、七海が深く頷いてきた。
「確かに。この学園の桜並木は溜め息でるくらい綺麗だもんね」
感慨深げな七海の言葉に瑠璃はあの日の桜並木へ思いを馳せる。柔らかな風に吹かれゆっくりと舞う薄紅色の花びらは、幻想的で夢のような光景だった。
「うん。世の中にはこんな綺麗な景色があるんだな、って心から思ったよ」
思い出の風景を思い浮かべながら答えると、七海が口元を綻ばせてくる。
「瑠璃ちゃんもいろいろと考えてたんだねえ」
しみじみと言葉を紡がれ、瑠璃は半眼で応じた。
「なんだよその言い方」
「うーん。つまりね、入学式で立てた誓いを守りたいっていうのはわかるけど。でも物事が認められるまでにはなんにでも時間がかかるものじゃない? だから、一歩一歩やっていこうよってこと。私も協力するからさ」
肩へ手を置いてきつつ諭すように語る七海へ、瑠璃は胸を張ってみせる。
「それは大丈夫! 絶対今年中に大活躍してみせるからさ! ……くしゅ!」
かっこよく決めたつもりだったのに、寒さに負けた。これだからエアコンは苦手なのだ。ティッシュで鼻をかんでいると、横合いからパジャマの下を手渡される。
「ほら、瑠璃ちゃん。風邪ひかないうちにさっさと下履いちゃって」
「はいはい。わかりましたよー」
瑠璃はおとなしくズボンを履き、ベッドへ突っ伏した。電気が消え、部屋が暗闇に包まれる。瑠璃は七海が眠りに就くまで狸寝入りをして待ち、やがて聞こえてきた小さな寝息を合図にそっとベッドサイドの明かりをつけた。




