その11
食堂で夕飯を食べ終わり、寮の部屋にある風呂へ入る。同室の七海と入れ替わり、白いロングシャツ一枚であぐらをかきながら瑠璃は写真を眺めた。
もしも彼方の予想が当たっているなら、それに対抗するほどのクッション効果のあるシールドが必要になる。
「強力な電磁波でオグジンを集めて布のように展開し、宇宙ゴミをバウンドさせるってのが従来のやり方だけど、それよりももっと配色や下絵に力を入れてオグジンを集める電磁波の質を向上させた方がいいのかも」
ひとりごちていると、いつの間にか浴室からでてきた七海が水色のパジャマを着て仁王立ちしていた。
「もう、瑠璃ちゃん! そんな格好して!」
「んー」
女同士なんだから問題ないじゃないか。非難の意を込めて身体を軽く揺らすと、七海が人差し指をたてて指摘した。
「もうちょっと女の子らしくしないと高須磨先生に嫌われちゃうよ!」
七海の言葉に瑠璃は固まる。高須磨忠司先生の名前を聞くだけで体温が上昇した。確かに、今ここに高須磨がいたら穴を掘るくらいじゃすまないくらい恥ずかしい。
瑠璃はうめき、目を吊りあげている七海から視線を逸らす。
「う……。ほ、ほっといてよ。こんな時間に先生がくるわけじゃないんだから」
苦し紛れに言い訳すると、七海がからかいを含んだ声をだした。
「そんなこと言ってるとまたこっそり写真撮られちゃうよー?」
「あーそういえばそんなこともあったっけ……」
この外見のせいでカメラの標的になることは日常茶飯事である。隠し撮りなんてして何が楽しいのかさっぱりわからないが、それもこれも自分の容姿のせいだと理解していた。瑠璃はベッドの向かいにある鏡で己を見つめる。鏡に映るのは蒼い瞳と白い顔に、ふわふわとまとまりのない紅茶色の髪だ。おもむろに自毛を手で梳かせば腕のか細さも際立つ始末である。
(この外見のせいでどれほど嫌な思いをしたことか)
瑠璃は顔を顰めた。男子も女子も、こっちの気持ちなど考えもせず容姿について騒ぎ立てる。それなのに、一度親しくなってこのガサツな性格が露呈するやすぐにみな去っていってしまうのだ。どうして、といちいち理由を考えることさえもううっとおしい。
「だって、暑いんだもん。いいじゃないか、七海しかいないんだし」
瑠璃は雑念を振り払うように鏡から視線を逸らす。口を尖らせて七海へ文句を言うと、小さく息をついた彼女が窓辺へ寄った。
「ならせめてカーテンくらい閉めないとね」
宣言するが早いか有無を言わさず窓を閉め切ってしまう。
「あー……、暑いのにー」
「クーラー入れるから大丈夫」
「健康によくない」
瑠璃はもっともらしく反論するが七海には効かないらしい。
「適度なのは逆にいいのよーだ」
さっさとリモコンのスイッチを押してしまった後、きょとんとした目で見てくる。
「そんなことより、瑠璃ちゃん何してたの?」
結構重要なことなんだけどなあ、と内心で思いながらも、瑠璃は写真を七海のほうへ近づけた。
「あ、これ? ちょっとこの絵みたいなのを宇宙へ展開させてみたいなあ、と思ってさ」
「わあ、油絵? 観たことない絵だけど。どこかのお家?」
ベッドに置いた写真へ目を通した七海が首をかしげる。
「うん。これうちの庭なんだ。昔母さんがあたしのために描いてくれた絵なんだよ」
瑠璃は首肯して七海へ写真を差しだした。七海が手に取りじっくりと眺める。
「へえ、どれどれ……。ふうん、印象派っぽいかな。繊細なタッチだねえ。でもこういうのってちぎり絵で表現できるの?」
頬に手をあてて七海が思案顔をする。
「できるも何もやらなきゃ天体結界技師として認めてもらえないじゃない。ほかの子たちは続々と実績積んでるのにさ」
瑠璃は力説し、返された写真へ目を落とす。
(例の彼方の話も気になるし)
まだ不確定な話だから七海には言わずにおくが、手を打っておくなら早いほうがいいに決まっている。
「でも、私たちはまだ絵描きの卵なんだし。私たちだけを使ってもらえる可能性なんてなかなかないと思うけどなあ」
黙考していると、黒いセミロングの髪をタオルで拭きながら七海が否定的な言葉をかけてきた。そんなの関係ない、と瑠璃は豪語する。
「絶対あんにゃろうを越えてあたしの実力を見せつけてやるんだから!」
鼻息を荒くして宣言すると、七海が困ったような顔で尋ねてきた。




