その10
「彼方」
「さっきは助けてくれてありがとう」
彼方と二人きりになったとたん、瑠璃は頬を膨らませる。
「無事でよかったよ。それにあんまり役に立たなかったし」
「そんなことないよ。もう駄目だと思ったし」
絞りだすように本音を吐露する。
「あたしたちだってれっきとした天体結界技師の卵でおまけに特進科の人間なのに! なんで用紙や絵が流行のものじゃないからってみそっかす扱いされなきゃなんないのさ!」
自分たちだって立派な絵描きの卵だ。それに入学以来ずっと特進科のAクラスでトップをきる成績を守り続けている。それなのになぜ認められないのだろう。足りないものがあるなら努力して直すこともできるが、駄目な理由が選んだ用紙素材や絵画手法のせいだというのは納得がいかない。イライラして思いっきり足を一つ踏み鳴らすと、彼方が困ったように苦笑してきた。
「しかたないよ。いくら特進科にいるって言ったって、ちぎり絵な上さらにシールド用紙を風景画にして展開させることは前例がないんだし。そもそも僕たちはまだ天体結界技師の卵で、僕ら以外にも優秀な先輩たちはたくさんいるんだから。それに、たまにだけど創作させてもらえる時もあるじゃないか」
宥めるような彼方の口調が気に食わない。瑠璃は彼方をぎろりと睨む。
「それって先輩たちが描いた下絵のとおりにハサミで切るだけの作業でしょーが」
腰に手をあてて反論すると、彼方が小さく肩をすくめた。
「いいじゃないか。優秀でなくちゃ呼ばれることさえないんだから」
「そうだけど、でも、早くこのちぎり絵の重要性を認めてもらえないとこれから先何かあった時対応できないじゃない」
「まだ時期を待てってことだと思うけどな」
「それより、今日はどうしていつも以上にジグストが多くなったんだろうね?」
「そういえばそうだね。先生たちが判断を間違えるなんてあるわけないし、先輩たちの切り絵も完璧だったし」
確かに今日はいつもと違いすぎる。自分が活躍する機会が得られたと喜んでばかりいたけれど、結構大変なことなのではないだろうか。
「もしかしたら、別の反物質要素なのかな……」
「別のって、未知の反物質要素ってこと?」
「そう」
「うーん」
ありえない話ではない。おそらく宇宙にいる作業班がサンプルを持って帰ってくるとは思うが、もしそうなったら普段の授業が減ってしまう可能性がある。
「本当なら早めに対策考えないとだねえ」
顎に手をあてて呟くと、彼方が心配げな顔を向けてきた。
「自分がなんとかしようとか、そんなめったなこと考えないでよ?」
「も、もちろん」
瑠璃は彼方へ何度も頷いてみせたが、彼方の目は胡乱なままだった。




