その1
小山内瑠璃の一番古い記憶にあるのは、母、小山内麻里安の真剣な横顔だった。母は自分と同じ亜麻色の髪を一つにまとめ、大小の管がのたくった白い円状の台の上で特大のスクリーンを食い入るように見つめている。視線を追った先に映し出されているのはだだっ広い砂利の地面と抜けるような青空とは対照的な闇と光の世界だった。
瑠璃はその世界を知っている。よく母が読んでくれる絵本で見たことがあるし、先刻父である小山内幸利もあの空間へ旅立ったばかりだからだ。
(うちゅうっていうんだっけ……)
瑠璃は顔にかかるふわふわした紅茶色の髪を必死で拭い、麻里安の足元に身を寄せた。母の紺色をした制服のパンツをぐっと握りしめスクリーンを見守る。しばらくして、父が乗っていったはずの小型宇宙船とかいう白くて丸い乗り物がスクリーンに登場した。
(おとうさんのおふねだ!)
瑠璃は歓喜して麻里安を見上げる。だが、麻里安は視線に気づくことなく、スクリーンをひたすら凝視していた。
「小山内女史、まもなく作戦の第二段階に入ります!」
誰かが母に告げた。瑠璃は声の主を探そうと周りを囲んでいる黒い機材を見回す。機材の前には数十人の人がいて、彼らは真摯な顔で代わる代わるに出現する四色の細い波形を追っていた。
(赤いなみ、青いなみ、黄色いなみ、白いなみ……)
うねうねと波打っては消える波形を見ていると眩暈がしてきて、瑠璃は母親の顔を今一度見上げる。だが、麻里安が自分のほうを向いてくれる気配はない。
「いよいよ我らの真価が問われる日が来ましたな」
武藤要人が感慨深げに呟く。
「ええ、泣いても笑っても今日で最後ですわ」
「まったくだよ。だがまさかこんなに早い段階で殺人物資であるジグストの隕石が落ちてくることになるとはな」
「ええ」
「だが、こちらにはこの八年間で開発した結界物質オグジンのシールド展開技術がある。必ずや成功させようじゃないか」
「はい……」
「何か危惧でも?」
「マスコミ関係の方々や各国市民の方々の避難は完全に為されているのでしょうか?」
「それは心配ありませんよ。それならむしろあなたのご息女のほうが心配です。何しろここは軍の方々以外なんの防衛手段もないただの空地なんですからね」
南依子が自信ありげに断言するのを見て、麻里安が苦笑う。
「私もそう思ったんですが、幸利さんが真実を見て欲しい、と。それにもしシールド展開に失敗してあのオグジン隕石が落ちてきたら、私たちが一緒にいられるのは今この時が最後ですから」
「いつになく弱気ですね、小山内女史」
依子が片眉を上げると、麻里安は謝罪した。
「申し訳ありません」
『こちら展開班。無事にポイントへ到着しました。ジグスト隕石が来るまでどれくらいかかかりますか?』
白く大きな丸いスピーカーから父、幸利の声が響く。
「あと十二分四十五秒です!」
『了解。シールド作成準備をお願いします』
青空の下、幸利がスクリーン越しに周囲のうち一人と確認し合うと同時に、麻里安が声を張り上げた。
「了解。はじめます!」
宣言とともに刃先まで白いハサミと紙を取りだす。
『了解!』
周囲とスピーカーから複数の了承する声が聞こえ、麻里安が半透明の赤いシートを切りはじめた。手元に置かれた電子キャンバスに四色の色が出現する度、同じ色の紙を切っては水のような液体にさっとつけキャンバス貼っていく。