盟約を結ぶか
目を覚ますと、そこには、イシュタル王女の顔があった。
イシュタルも、うつらうつらしていて、ヨツユキが目を覚ましたことに気がつかなかった。そのまま声をかけずに、その美しいが、涎が流れている顔を眺めていた。連日、剣や魔法の修練を政務や交際などの合間に、必死でやって疲れている、その上、自分の夜食まで作っていたのだから、当然だろうな、とは思った。“前回は、こいつ、とか、なにを考えている、と怪しんだが、この状況で。今回は…やっぱり思っているな。”
そう思っているうちに、彼女が目を覚まし、慌てて涎を拭いて、
「目を覚ましたなら、言ってちょうだいよ。」
と詰った。
「涎を流すイシュタル姫様も、また可愛いなと思って、見とれていたのさ。」
慌てて、涎を拭うと、睨みつけて、
「悪趣味な奴。私は苦労しても、来てやったというのに。」
小声で抗議をした。
「もう、お昼はとっくに過ぎているわよ。朝昼まとめて食べる?」
ヨツユキは、すぐには答えなかった。そして、
「部屋の外に女が一人。」
「侍女よ、私の。前と同じ。男の部屋に来るから心配して。」
「その後ろに、男が一人。婚約者様の家臣だな。見覚えのある奴だ。」
「焼き餅やきね。まあ、今回は、目だったことをしたから。」
少し複雑な表情になった。それを見逃さず、
「未練があるのか?」
「あなたも相当な焼き餅やきね。」
「あれだけのいい男だからな。前回は、泣いただろう?」
「馬鹿。そんなに心配なら、盟約をここで結ぶ?」
「いいのか?後悔しないか?」
「いいわよ。何故、後悔しないといけないのよ?後悔が怖いのは、あなたではないの?」
本当は、今日、この時点で、というのには躊躇する気持ちがあった。“もしかしたら。”“彼女を覇道に進ませなければ、…。”
しかし、二人は拳を作り突き出した。小さな声で、
「互い先を絶対的な友、戦友、同志、協力者、恋人とし、伴侶として、常に助け合い、助言をし、足らないところを補い合い、背を預けてともに戦い、統治し、交あい、最高の快感を得る、与える関係となることを、ここに盟約する。」
拳を軽くぶつけ合うと、彼らの体の中に、何かが走るような感じが一瞬した。それで終わった。
「これで安心した?」
「まあな。前は、ここで問い詰めあったな。」
もう一度の繰り返しであり、そうでない、そして、互いが“最初”を経験しているのか、それをどう思っているのか。その時まで探り合っていた。イシュタルからすれば、自分が殺したわけだから、殺意をもたれても仕方がなかったから、気が気ではなかった。ヨツユキにしてみれば、そういうイシュタルの心の内を思い、“取り敢えず、俺を殺しかねない。”とも考えていた。同時に、そんなことをしたら自分の立場がなくなるわけだから、賢い彼女がそんなことはすまいとは思っていたものの。
「それで、どこまでいったの?」
「あの時のあいつらの魔法を無効化して、凌駕する程度にはな。しかし、更に、強力なものをものにしないと駄目だろう。あと、“物作り”だが、色々小さなことから進めている。一日分でも進められれば、それだけ勝てる可能性が高まる。おまえはどうなんだ?」
「あの時、あんたの足手まといにならずに、あんたに手助け出来るくらいになったと思える手前まではいったかしら。そのかわり、お茶会でも居眠りしちゃったわ。」
愉快そうに笑った。
「まあ、食事をしようか。腹は減っているから。」
「私もご相伴するわ。」
相手の顔を窺いながら、とりとめない、立場を踏み越えない会話を部屋の外に聞こえるようにしながら、穏やかに食事を取った。
彼女がどうして裏切られ、暗殺されたのかははっきり分からない。前回の、この時点では推定するしかなかった。彼を裏切り、殺した理由は彼女が首謀者の一人であるのだから、はっきりしていた。彼女の言葉であるから、どこまで信じていいのかは、留意しなければならなかったが。前回のことである程度、それは補正はできた。勇者の、彼の忠誠心の問題もあった。異世界からの召喚者であるから、この世界、王家への忠誠心があるはずはなかったし、召喚したはいいが、元の世界に戻す方法を知らないのである。後々の彼の行動には不安が残る。しかも、容易ならざる力を持っているのであるからなおさらである。イシュタルとしては、自分の地位を守るためには、彼がいなくなり、自分の功績を大きなものにした方が好ましいという考えもあった。寵愛を受けた母親の死後数年、溺愛された娘としての地位は、最近の王、父に寵愛されている若い妃に脅かされていた。この世界の勇者、ヨツユキにはるかに及ばないが、この世界での公認の勇者がいた。こちらの方が、第一の不安はクリアーできたし、第二に言い含められる、共犯者になるからだ。しかし、どちらにしても、彼には野心がないことも分かっていたから、上手く彼女の手駒にしていた方が良かったはずだ、とも考えられる。もう一つは、彼女の異母妹と彼との関係が良好だったことから、イシュタルが疑念を感じたらしい。信頼されていながら、彼女を裏切った連中が、何時から、彼女を見限ったかは分からないが、彼女らがイシュタルを唆したことが大きい。イシュタルの異母妹と、親しくなった、肩入れしたつもりも、その覚えも、彼にはないのだが、イシュタルにはそう思えたらしい。頭がいいだけに疑心暗鬼をしたのか。彼が魔王討伐後の余生はささやかだが、幸福な生活をという野心のなさ過ぎる態度だったことが、利益の共有関係がなく、かえって不信感を感じたとイシュタルは言うが、野心家だったら、それはそれで不安になったはずだが。どちらにしても、最終的に自分が召喚した勇者を暗殺することを決めたのは彼女である。
2度目の初対面の直後、
「今度は手を組んで覇道を目指さないか?」
と囁いたのは、彼女も、その様子から初めてではないと判断したからであり、安心させようと思ったからである。敵意がないと分かると思ったからだが、彼女は即座に、
「ええ、分かったわ。手を組みましょう、今度は。」
と答えた。それでも、この場で確認するまで不安だったが、互いに。
「本当に、私に恨みを感じていないのよね。後で殺そうなんて、復讐しようとなんて考えていないわよね?」
前回はここで、彼女は、いつもの冷静さをかなぐり捨てて、確認していた。
「あなたこそ、同志として歩むことを約束できるのですか?裏切ることなく?」
彼も不安感でいっぱいだった。そして、お互い手を握りあって、意志を確認したのだった、前回は。




