胎動
「まずは、基盤ができたわね。前より、2年早く、ずっと強く作れたわね。」
イシュタルが、重苦しい儀礼服を脱ぎながら、傍らに立つヨツユキに語りかけた。長い式典での疲労感がはっきりと顔に出ていた。
ヨツユキの方は、儀礼用の鎧を脱いでいた。魔族の五部族との和平条約が締結され、そのための式典が、その日行われたのだ。
その式典が終わり、2人の控え室に戻っていたのである。
魔王を倒してから2年。2人の元に、広い地域がまとまってはいた。最強の勇者ヨツユキとその妻でもあるイシュタル王女を盟主にしての連合が作られていた。魔王討伐での連合と名声を利用して作りあげたのである。
帰国後直ぐに、暗殺されかかったことを主張した。それから、まず戦いを始めた。そうせざるを得なかった。その中で、騙し、すかし、脅し、飴をちらつかせて、従うものは受け容れ、従わない者は殺し、裏切り者を殺し、降る者は許し、介入した外国軍を撃退、敵の敵と結び、国内の権力を握るまでには、時間がかかり、血を流した。今回は、そうならなかった、そうせずにすんだ。
「どのくらい猶予をくれるかしら?」
「交渉次第だな。今度は、少しはもっと上手くやろう。」
「そうね。」
単発ながら、ライフル後装銃やガドリング銃、後装ライフル砲の生産は、前回の失敗、苦労を事前に対応しておいたこともあり、新たな問題も次々に出てきたものの、前回よりはるかに早く起ちあげることができ、既に生産量は前回、最後の戦い時点を上回っている。訓練も同様だ。
“あいつらは、それならば、また、別の策をしかけてくるだろうからな。安心できないな。”とヨツユキは思った。それに、魔物、魔法などがある以上、この近代兵器があっても決定的要因にはならない。“最後は俺の、俺自身の力だな、頼りは。”特訓は決して疎かにしなかった、政務の合間を使い。
「今度こそ、足手まといにはならないからね。」
イシュタルは、彼以上に忙しい政務の合間に、彼とともに励んでいた。
そして、交ぐあうたびに力が強まることから、そのためではないが、夜のベッドの上のことも励んでいる二人だった。
そんな二人に、因縁のある勢力が接触してきたのは、つい最近の事だった。
「戦いは望みません。」
ヨツユキが発言すると、
「貴方には、聞いておりません。」
相手はピシャリと言った。
イシュタルは、ヨツユキとともにアプソと名乗るシンカン帝国の使者と、連合の代表として会合を持った。女のような顔の男だが、決して軟弱な者ではないと感じられた。彼が持ってきたのは、シカン帝国に対する攻守同盟だった。魔族と国境を接することもなく、他の脅威もなく、平安になれきった、領域は広いが多数の国が集まった、まとまりのない帝国だった。そういう国だが、侵略を受ければ、抵抗する、勝つのは簡単だが、しっかりとした統率機能がないだけに、しらみつぶしにしなければならず、かえって面倒になる。平和の維持も面倒である。魔王討伐の際は、この帝国そのものは、多少とも援助をしてくれて、悪い関係ではないが、内部には好戦的で、侵攻、略奪を仕掛けてもくる国がいて、それに対して帝国は十分な抑止が出来ないでいる。
つい最近でも事件があった。それを見ての申し出である。
「私は勇者の妻。勇者は、わが連合の要。そして、彼は勇者。これでお分かりでしょう?彼の言葉は私の意志、私達の意志です。」
彼女が厳しい調子で言ったが、相手は態度も顔色も変えずに、
「あなたと連合の意志は分かりました。私達も同じなのです。」
直ぐに同意はしたが、
「ですが。」
と言った。
その後、彼らの戦いが義に基づくものであるかを説明し始めた。その説明は、理路整然したものに思われ、反対のしようという気にならなかった。それでも、イシュタルは、
「お断りします。同盟国ではありませんが、一応友好を保持している相手を、なんの理由もなく攻撃するなどは出来ません。」
「理由は、十分申し訳上げましたが。それにあなた方のいう義とは、匹夫の義に過ぎないのです。」
「それでもです。」
議論を続けても、どうしようもないと思い、彼女は打ち切ったのである。
シンカン帝国。皇帝は過去の名家の家系を主張するが、あまりに古すぎて、神話化しているので、どの村でも1家は、確実にその末裔との伝承を持つとさえいわれており、実際の氏素姓は不明である。何時の時点か分からないが、国を打ち立て、ここ10年のうちに急速に台頭してきたということしか分からなかった。前回は、何とか地域をまとめた段階で、未知のまま遭遇し、知りうることはそれしかなかった。
それからしばらくして、彼らの侵攻が始まった。
サラとサラナ(サラの元偽者)が、各方面で動き回って、彼らの動向を探った。到るところで彼らの暗躍が始まっていた。
次々に、国が乗っ取られ、侵攻を受けていた乗っ取りにいたるまでの巧みな宣伝、工作、同調者の獲得、乗っ取り、侵攻、占領後の宣伝工作、如何にも人々が、悦び迎え、支配下に入ったというふうに信じさせる。大量の粛清、のっとった後は、内通者、裏切り者は信頼できないとばかりに。その後、しっかりとした統治があるとはいえ。それも、聖人の理想の政治にはほど遠いが。
サラとサラナは、程度の差はあるが、彼らの傘下に一時的にいた彼女らは、彼らの動きや手段がよく分かった。
「一つ一つ潰しとゆくしかないわね。」
イシュタルは、大きな溜息をついた。
“どれだけ裏切らないかだな、勝利の目安は。”
ヨツユキは、考えていた。