今度は取り込もう
「イシュタル様。勇者様。ご苦労様でした。」
サラが恭しく、イシュタルの持つロンギネスの聖槍を受け取ろうと前に進み出た。疲れている彼女のために、重い聖槍を、誰かに運ばせようという自然な態度のように思われた、見えた。イシュタルは、黙って槍の穂先を彼女の前に突きつけた。サラは、顔色を変えず、動揺も全くなかった。聖女の微笑みを浮かべ、
「戯れを。」
とだけ言った。
ヨツユキは、他のメンバーを見渡した。皆、不安そうな表情を浮かべていた。“この女は大したものだな。イシュタルが、信頼を寄せてただけのことはあるな。詰めは甘すぎるが。”
「では言いなさい。誰が私と勇者様を殺すように、あなたに囁いたか?」
彼女の声は、凜として、威厳が感じられ、絶対的なものが感じられた。
「イシュタル様のお心次第です。私は、イシュタル様のお気持ちに従うだけです。」
彼女は、穂先を前にして頭を下げた。
「サラ殿。私もイシュタル様も、先程のあなた方の会話を聴いていたのですよ。それに、彼らが我々に言ったのですよ。貴女も捨てられたのですよ。」
サラは、聖女の微笑みを捨てて、唇を噛んでいた。彼女は、彼女なりに苦悩していた。ただし、イシュタルを裏切るか否かではなく、ここで切り抜けて、彼女たちを殺す方法について、どうすべきで悩んでいたのだ。
彼女は、脱兎の如く、その場を逃げだし、
「ロンギヌスの槍は、その力を抑えます。勇者も疲れているから、今なら殺せます!皆おやりなさい!屑勇者と淫乱王女を殺すのよ!」
“あれだけやっていたのに、どうして前回同様、一糸乱れず、やってくるのよ?”“やっぱりこうなるか。”前々回とは異なり、前回は、ロンギヌスの槍もあり、余力も十分で全員返り討ちだったが、余力は前回よりはるかにあり、ロンギヌスの槍は、サラには悪いが力は抑えられていない。“それにだ、すでにあれをばら撒いているしな。”二人の周囲で、次々に爆発音がして、火柱が上がった。叫び声が木霊して、半ば近くが倒れ、そこまでいかなかった者も、素早く動いた彼ら二人に、たちまち打ちたおされてしまった。
「サラ、生きたい?」
大量の血を流して、動けなくなっている聖女の髪の毛掴んで、顔を起こして、イシュタルは顔を近づけて声をかけた。彼女は、憎悪を込めた目をしていた。
「あなた?本当にサラ、なの?」
「ん?」
変身魔法はある。とはいえ、全くの別人に成り代わるのは、魔力の消耗が激し過ぎて、余程のものでないと実用的レベルでは使用は困難だ。それでも数時間が限度で、その間魔法の使用は困難だというだけではなく、体力も低下する。サラは、少なくとも十数時間同行しているし、戦闘に参加している。先程も、ロンギヌスの槍の力を抑え込む魔法を発動しているから、変身魔法を発動しているはずはない。そもそも、彼女にそれが曲がりなりにも出来るほどの魔法力があるとは思えなかった。それに、ヨツユキとイシュタルの反撃で、重傷を負っているから、その時点で魔法が解けているはずだからだ。他人を変身させるのなら、それはないが、その代わり、さらに魔力が必要だし、持続時間の制限はさらにきつい。
「魔法使用の痕跡があるな。」
“しかし、変身魔法らしいが、それ程の魔法力ではないが?”ヨツユキは首をひねった。
「一寸、顔をよく見せなさい!」
顔を強引に上げさせ、じっと見つめた。
「よく似ているけど、サラじゃないわね。」
“ああ、そういうわけか。”よく似た者とすり替わるなら、一部の補正ですむから、かなり魔法力は小さく出来る。“しかし、だれだ?あいつに妹か姉貴がいたのか?”
「あの娘に、妹か姉がいたかは聞いたこともないけど。あなた誰よ?」
意識を失いかけていたので、急いで応急処置の回復魔法をほどこした。
「サラが生きているのかどうか、奴隷契約でも、自白魔法でも聞きださないと。」
その数時間後。
「サラ!サラ!大丈夫?しっかりなさい!」
イシュタルは、着衣はぼろぼろにされて、ほとんど全裸状態で視線も定かでないサラを必死に揺さぶっていた。
「取り敢えず、応急処置は終わったよ。」
ヨツユキが心配そうに、二人の顔を覗き込んだ。“こういう顔もする奴なんだよな。”イシュタルの顔は、彼女を心から心配するものだった。
「イ、イシュタル様?」
そう言うと、サラはぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。全裸に近い状態なので、打撲のあざや絞められた跡、火傷跡、ムチや棒かなんかで打ちつけられた跡がはっきりわかり、体液をかけられて汚れ、異臭すら発していた。
魔王討伐軍の駐屯地から、少し離れた天幕の中にサラは監禁されていた。サラの偽物の自白で、この場所を知り急襲したのだ。男女10人ほど。ほとんど瞬殺で終わった。サラの何度目かの凌辱直後だったから、より簡単にことがすんだ。殺すわけではないのに、凌辱を続けたのは、彼女の心を潰しておいたほうが、永続的な催眠魔法、記憶操作の魔法がかけやすかったからだ。すり替えられたのは三日前だった。
「どうしてもイシュタル様を殺すなど出来ません!」
とサラが最終的な拒絶をしたためだった。
「私は、私は…。」
とイシュタルにすがりついて泣くばかりの彼女は、自分の偽物を見ても怒りを感じるどころか怯えるばかりだった。
“今度は、ぎりぎりで踏みとどまってくれたわけか。”
「一度は、快諾したんだそうだ、この女は、やさしそうな聖女様は、勇者と王女を暗殺することに。」
偽物のサラが見下すように説明した。
“まあ、どちらにしても、今回は数人だが、この段階で自分達の兵力を持ったわけだ。これで、相打ちまでは持って行ける、ところまできたか?”“いいえ、私達自身が強くなっているから、確実にあの時、勝っているわ!”2人は心の中で語り合っていた。